=歴史探訪フィクション=

人麻呂の怨・殺人事件


第4章

祐介は、昨日のプロジェクトでの発言を思い返しながら、恵美の居る研究所に向かった。
 「やあ。忙しいのに、時間を取らせてごめんね」
 「いいのよ。私も、いくつか万葉集の歌を調べないといけないから」
 今日は、土曜日で研究所の職員は少なく、奥で三上が電話の対応をしていた。
 恵美は、机の上のパソコンを立ち上げた。

 「しかし、事件にしても、プロジェクトにしても、中々難しいよな」
 「そうね。確かに、皆、そんな神殿ができれば、本当に素晴らしいことだと思っているんでしょうけど、そう簡単なことじゃないものね」
 「夢だけ追い求めていても、厳しい現実も直視しないと破綻するだけだよ。言葉は悪いかもしれないけど、高価なブランド物が欲しくて、お金もないのにカードで買い物するようなものかもしれないよ」
 「そんな次元じゃないわ。歴史的な大事業なのよ」
 恵美は、パソコンの画面に、万葉集の第2首を呼び出した。

 大和には 群山(むらやま)あれど 取り寄ろふ
 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 
 国原は 煙(けぶり)立ちたつ
 海原は 鴎(かまめ)立ちたつ 
 うまし国そ あきづ嶋 大和の国は

 『大和』、つまり当時の都には、山がたくさんあり、時の大王が、その中から選んで『天の香具山』に登って国見をすると、とても眺めが良くて、広々とした国原には煙が立ち昇っているのが見えていた。そして、広大な海原には鴎が飛び交っている。なんてすばらしい国なんだろう『大和』の国は、と詠まれている。
 この歌は、通説では、舒明天皇が、奈良大和で詠んだとされているが、奈良盆地には、何処にも海は見えず、鴎も飛んでいない。また、『あきづ嶋』とは、とんぼのような形をした島を意味するが、そんな島もない。この歌の解釈には、大きな矛盾がある。
 そこで、通説では、その『天の香具山』の近くに『埴安の池』があり、その池を海に見立てて詠んだとされている。つまり、すばらしい国を想像して詠ったということだ。また、トンボのような島とは、この列島が、おそらくそんな形状をしているんだろうと、これも想像して詠んだとされている。だが、当時、人工衛星も無ければ地図も無い時代に、この列島の形状は、認識し得ない。この列島の人たちが、詳しい地図を手にしたのは間宮林蔵以降である。いかにして、トンボのような形をしていると想像できたのであろう。
 「私ね、この歌を見た時、潮の香りすら漂ってきそうなくらい写実的な歌に思えたのよ。ところが、この歌は、奈良盆地で詠まれたと解釈されているの。そんなの、どう考えても、あり得ないとしか思えないのよ」
 「みな想像で詠っているということかい。それだと、山に登る必要などないよ」
 「または、呪術的な行為の中で幻影が見えたのか。あるいは、病的な大王だったのかって思えてくるのよね」

 「そういったことを聞くと、よく分からない歌だよな。そして、その歌が『仮の宮』の事件現場に残されていた」
 「それが何を意味するのかってことなのよ」
 「何だろう。ちょっと分からないなあ。でも、犯人は、何らかのメッセージをそこに込めている」
 2人は、しばらく、その画面を見つめていた。
 恵美が、ふと入口の方を見ると、杖をついて足の悪そうなお年寄りが来館しており、三上が、神殿再建プロジェクトの資料コーナーに案内していた。そこには、今までの会議録や、現地調査などの資料等が一揃い置いてあり、一般公開されている。地元の人間や、研究者、マスコミ関係者など、結構調べに来る人が多く、そのお年寄りも、神殿に興味を持っている1人なのかもしれない。
 「この歌だけ考えていても、前に進まないから・・・、この前、佐田君の言っていた人麻呂の歌なんだけどね」
 「人麻呂が、宍道湖の辺で詠ったのかもしれないという歌かい」
 「そう。実は、別の歌でも千鳥が詠われていたのよ」
 「じゃあ、その当時も、宍道湖に千鳥がいたということに間違いはないんだ」
 恵美は、また、万葉集を検索した。

 意宇の海の 河原の千鳥 汝が鳴けば
 我が佐保川の 思ほゆらくに(3-371

 「ほら、この歌よ。人麻呂の歌ではないけど、千鳥は詠われているわ」
 「確かに、千鳥が鳴いているとあるよ」
 東出雲にある意宇(おう)川は、熊野山(天狗山)を源流として、熊野大社の前や出雲国庁跡の傍を流れ、現在は、中海に注いでいる。万葉集に詠われる『意宇の海』とは、その意宇川の河口周辺の海を指している。
 「あっ、そういえば考古学研究会でも調べたよ。古代は、今ほど宍道湖と中海は分離していなくて、川から流れ出る土砂によって大きく砂州が広がっていたとあった」
 「千鳥は、そういった干潟や砂洲に餌を求めてやってくるわ」
 「となると、宍道湖に千鳥がいたということに間違いはないよ。つまり、人麻呂は、湖畔に佇んで、あの綺麗な夕日を眺めていたのかもしれない」
 「その可能性が出てきたのよ。でも、『近江の海』とあるでしょう。『近江』と言えば近江の国だから琵琶湖を指すことになるのよね」
 「そうだった。じゃあ、やっぱり琵琶湖で詠われたのかなぁ」
 祐介は、人麻呂が宍道湖で詠ったというのは単なる思い込みなのか、とあきらめかけた。
 「そこでね。万葉集の原文を見たの」
 「原文を?」
 「『近江』が、原文では、どういった文字が使われているのかどうかを調べるためにね」
 「その『近江』という文字じゃないのかい」
 万葉集の読み下し文は、多くの場合、原文を解釈して、それに相当する文字が当てられていて、同じ文字の場合もあれば、異なる場合もある。
 『近江』と解釈されている歌の多くは、原文では『淡海』とある。16首ほどの歌に登場する『淡海』は、『近江』と解釈されて琵琶湖を指し、『近江国』という国名の元にもなっている。また、原文にも『近江』の文字が使われている歌が五首ほどあるが、同様に琵琶湖だと解釈されている。

 「琵琶湖は、全くの淡水湖よ。ところが、『淡い海』、『海』だと詠われているの」
 「淡水の海だから、淡い海ということなのかな」
 「ところがね。とんでもない大きな問題が出てきたのよ」
 「えっ、どんな問題が?」
 





                                    


   邪馬台国発見

   ブログ「邪馬台国は出雲に存在していた」

   国産ローヤルゼリー≪山陰ローヤルゼリーセンター≫

   Copyright (C) 2009 みんなで古代史を考える会 All Rights Reserved.