=歴史探訪フィクション=

人麻呂の怨・殺人事件

(宍道湖に沈む夕日 09,11,26)



プロローグ


  「編集長、神殿再建プロジェクトの取材記事ができました」
  「ご苦労様」
  「では、お先に失礼します」
  「あれっ、祐ちゃん、今日はやけに早いね。デートかい」
  横にいた吉岡次長が冷やかすように言った。
  「そんなんじゃないですよ。ちょっと宍道湖の写真を撮るように頼まれただけでなんです」
  「いいよ、いいよ。頑張れよ」
  「ですから、違うんですよ」
  佐田祐介は、ちょっと照れながら職場を出て、加藤恵美と約束している宍道湖畔へ向かった。
  秋の夕暮れ時を迎え、ひときわ鮮やかな太陽が湖面に反射して煌いていた。
  『袖師ヶ浦』と呼ばれる辺りから、嫁が島の背後に沈む夕日の眺めは、多くの人々の心を魅了し、日本の夕日百選にも登録されている。
 湖畔に集う人々の中に、恵美の手を振る姿が見えたので、祐介は急ぎ足で向かった。
 「やあ。待った?」
 「ううん。私もさっき来たところ。ごめんね、お仕事が忙しいのに余計な事をお願いしてしまって」
 「どうってことないよ。こちらの方こそ取材でお世話になっているのだから、これくらいのことはさせてもらうよ」
 祐介は、山陰日報社の記者で、この春から松江市にある本社勤務となり、県と出雲市が進めている超高層の神殿再建プロジェクトの取材を担当している。
 そのプロジェクトの事務局に、大学時代の同期生の恵美がいた。
 「ありがとう。私のデジカメで撮ってもいいのだけど、パンフレットに載せる写真となるとちょっと自信がなくて」
 「ご期待に沿えるほどの写真が撮れるといいんだけど」
 祐介は、持ってきた3脚を、取りあえずの撮影ポイントに設置した。
 「しかし、県もすごいプロジェクトを立ち上げたもんだよなあ」
 「そうよね。発足は昨年なんだけど、そのきっかけとなっているのは、出雲大社の境内の地中から、巨大な柱の一部が発見されたところにあるのよ。だから、およそ10年越しになるわね」
 1998年から2002年にかけて境内の発掘調査が行われ、3ヶ所から巨大な柱が発見された。直径が1㍍以上もある木を、3本組んでの柱は、他に例を見ない。古くは32丈およそ100㍍はあったとも言われている。平安時代には16丈となり、以後、さらに低くされた。
 「なるほど、そこから、その巨大神殿を再建しようという動きが始まっていたんだ」

 「でも、かなり反対の声も多くて、本当に実現するかどうかは微妙なところもあるわね」 
 「創建当時の100㍍もの高層神殿を再建しようというのだから、『壮大な計画』か『無謀な計画』かは判断の分かれるところだろう」
 島根県も出雲市も、神殿再建によって、古代における重要な文化圏として、出雲の地をアピールしようとしている。
それ以上に、新たな観光の目玉として、観光客を全国から呼び寄せる超大型観光プロジェクトとも言える。

 「もし、実現したら、古代にあった超高層の神殿の再建として、国内のみならず海外からも注目を浴びることになるでしょうね」
 「でも、そのプロジェクトが、そう簡単にゴールインするだろうか。住民や議会の同意を得るまでにはまだまだ長い道のりがあると思うよ」
 「そうよね。そう言えば、近いうちに今年度3回目の会議があるそうだから、その時には、また佐田君も来るんでしょう?」
 「担当だからね」
 昨年に発足したプロジェクトは、年に4回ほど全体の会議が開かれ、その中間には、随時、調整の理事会が持たれている。

 恵美は、県の観光課に勤務していたが、プロジェクト発足にあたって事務局を担当することになった。また、S大学時代には『考古学研究会』に所属していて、そこに祐介も時折顔を出していた。
 「この辺りから見える夕日は本当に綺麗よね。私は、父の仕事の関係で中学の頃に松江市に引っ越して来たから、初めて見た時は、余りの美しさにしばらく声が出なかったわ」
 「遠い古代の頃から、多くの人々に感動を与えてきたんだろうね」
 そんな話をしているうちに、次第に太陽は地平線に近づき、祐介は、別のポイントへ3脚を移動させた。そこから見える岸辺では、十羽ほどの千鳥が餌をついばんでいた。
  「そうだ。宍道湖と言えば、以前勤務していた支社の近くに、人麻呂が宍道湖に佇んで歌を詠んだ、と言っている人がいたと聞いたよ」

 「人麻呂って、柿本人麻呂のこと?」
 「そうだよ。恵美さんは文系だし万葉集には詳しいから、知っているかもしれないよ」
 「人麻呂が、宍道湖で?」
 「夕日がどうとか、そうだ千鳥も詠われていたかなあ。通説では琵琶湖で詠われたことになっていたと思うけど」
 「ああ、それだと『近江の海 夕波千鳥 汝(な)が鳴けば 心もしのに いにしへ 思ほゆ』という歌じゃないかしら」
 「そうそう。そんな歌だったよ。さすが文系だね」
 「万葉集は、卒論で取り上げたから。でもテーマは、万葉仮名についての考察だったから、あまり歌の解釈の方には詳しくはないのよ」

 「よく覚えているもんだね。僕なんか、学生の頃に万葉集の歌についての本を何冊か買ったけど、全然覚えてないよ」
 祐介は、次々と撮影し、最後に嫁が島が正面となるポイントにカメラを据えた。
 その周辺は、夕日の鑑賞と撮影のために整備がされていて、多くの人が集まっていた。 

 「その歌が、宍道湖で詠われていたというの?」
 「その人は、そう言っていたようだけど、詳しくは分からないよ」
 「確かに、今も『千鳥南公園』が湖畔にあるわね。その周辺の地名は千鳥よ」
 「千鳥なら、さっき見たよ。ほらそこにもいるじゃない」
 少し離れた所を、『チチッ、チチッ』と鳴きながら千鳥が飛び回っていた。
 「今まで気にしたことはなかったけど、宍道湖には千鳥がいたのね。古くからいたのかしら。久しぶりに万葉集を調べてみようかな。はたして、人麻呂が出雲で詠っていたのかどうか」

 「それって、謎解きみたいで面白そうだよなあ。また何か分かったら教えてよ」
 「気が向いたらってくらいだから、いつになるか分からないわよ」
 「いいよ、いいよ。楽しみにしているよ」
 赤々と燃えるような夕日も、次第にその力が衰えるかのように、弱い光を湖面に放ちながら沈んでいった。




                       


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