オーシャン・ドリーム号の悲劇 船 ・・・20年目の夏
25.
 福山は、横浜FMにやってきていた。
 担当ディレクターの若木と構成作家の佐伯が、福山の前に座っている。
 「福ちゃん、すごい企画を考えたわねえ。世紀の大スクープじゃないの。オーシャン・ドリーム号の生存者をよく探し出したわねえ。どうやって面会できることになったの?」
 「ああ。ちょっとした知り合いに頼んだら、OKが取れたんだよ」
 「ちょっとした知り合いって誰なのよ。政治家?」
 「まあ、そういったところかな」
 「ねえ、ねえ、誰なの。教えてよ」
 「佐伯さんのお父さんより年配といった世代の人だから、きっと知らないよ」
 報道に関わる者で、大志野のことを知らない者はいないが、ここでは伏せておくことにした。
 「もう、教えてくれないのね。まあ、いいわ。前にお願いしていたサインボールをいただけるのなら勘弁してあげるわ」
 「あっ、忘れた」
 「えぇっ、どういうことよ」
 「すまない。次は、きっと忘れずに持ってくるから。それより、この企画案でいいのかどうか検討しようか」
 「そうね」
 佐伯が、資料を手にして考えている。
 「キャスターの喜美恵ちゃんがインタビューとなっているけど、事情に詳しい福ちゃんの方がいいと思うわ。だから、喜美恵ちゃんが全体のリードをして、当時の事を福ちゃんが聞くというのはどうかしら。そして、最後は、喜美恵ちゃんが締める」
 「それでいいよ。では、スタッフの体制はどうしよう」
 福山は、みんなを見回した。
 「当日のインタビューには、私と晴美ちゃんが付きます。晴美ちゃん、よろしくね」
 メモを取りながら聞いていた若木が、佐伯に言われてうなづいた。
 「はい、分かりました」
 「音声は、ADの森田君でOKだし、坂田君も行く? どうする?」
 佐伯が、チーフディレクターの坂田に聞いている。
 「そうですねえ。貴重なインタビューですから、行きたいんですが、みんな出払ってしまうわけにもいかないから、僕は、ここに残りますよ」
 「そうよね。じゃあ、そういうことで、よろしくね」
 「よしっ、これで大筋は決まった。病院側にも了解は取ってあるが、現場の確認は、来週の水曜日、時間は午後2時に現地集合ということで、どうだろう」
 福山は、手帳を見ながら予定を提案した。
 「いいわ」
 佐伯が、日程表を見ながら答えた。他のメンバーも了解した。
 準備は順調に進んだ。後は、岸本耶須子がどこまで話をしてくれるか、すべては、そこにかかっていた。また、気がかりと言えば、黒岩も言っていたが、何か罠が仕掛けられるといったことだが、病院側も当日は、警官を配備すると言っていたから、そんな中で事を起こすとも思えなかった。
 『とにかく、手抜かりなく、万全を期すことだ』
 福山は、自分に言い聞かせるようにして、横浜FMを後にした。
 その後、現場の下見も終え、何度か打ち合わせもして、当日を迎えた。
 福山と進木が、現地に9時に着くと、スタッフがすでに来て準備に取り掛かっていた。
 「おはようございます」
 「ご苦労様です。佐伯さん、こんな日にどうかと思ったんだけど、また忘れてしまいそうだったから、持ってきたよ」
 「えっ、何?」
 「頼まれていたサインボールだよ」
 「本当! 嬉しい。でも、どうして、今日なの。まあ、いただけるのなら何時でもいいわ。大切にするね」
 袋に入っている真っ白な硬式の野球ボールを、佐伯は着ていたコートのポケットの中に入れた。
 そして、若木にも手渡した。
 「ありがとうございます」
 若木も嬉しそうに、手にしたカバンの中に入れていた。
 「社長、どこでも人気者ですね。私、ずっとお勤めしているのに、サインボールはいただいたことないから、ちょっと悔しいな」
 「僕のサインボールなんかが欲しいのかい?」
 「欲しいに決まっているじゃないですか。・・・でも、どうして、社長が野球のサインボールをプレゼントするんですか?」
 「えぇっ、そこから説明しないといけないのかい。もう、そんなことより、そろそろ、スタンバイしなくちゃだめだよ。前も話した通り、雪絵ちゃんは、インタビューの相手の岸本さんの近くにいてくれ。車椅子は、看護師さんが押して移動するから、君は、その周辺に居ればいい。何か気づいたら僕に言ってくれ。僕も君に何か指示を出すかもしれないから、僕の方も気にするようにね」
 「分かりました、社長」
 福山は、ちょっと不安に思ったが、とにかく何も起こらないことだけを願うしかなかった。
 30分前になり、警官も警備についた。玄関前に一人、玄関を出て左手にあるインタビューの会場となる管理棟の前に一人、そして玄関を出て右手に一人と、3箇所に立っていた。警備会社の制服を着た警備員も2名いた。
 『これだけの警備体制なら、完璧だろう』
 福山は、何とか乗り切れそうに思った。
 その時、黒岩もやって来た。
 「かなり、物々しい警戒体制だなあ」
 「これなら、大丈夫だろう。それより、よく来れたな」
 「特ダネだと言ったんだが、『今どき20年前の沈没事故をか』なんて言っていて話にならん。ボンクラばっかりだ。とりあえず、取材に来れることになったから、まあいいとしよう」
 「結構、結構。では、よろしく」
 「ああ」
 そして、予定時刻の10分ほど前、車椅子に乗った岸本耶須子が、玄関から出てきた。そこには、事務長も付き添っていた。岸本の姿に注目が集まり、同時に緊張感も漂った。永い間、探していたあの沈没したオーシャンドリーム号の唯一の生存者が、今ここに居るのだ。そして、管理棟へ向かう岸本の後を進木と周囲を見回しながら歩く警備員が続いた。福山も、周囲に不振な人物が見当たらないことを確認し、ただちに、インタビュー会場に向かった。


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