オーシャン・ドリーム号の悲劇 船 ・・・20年目の夏
27.
 「さあ、急ぐんだ」
 二人の乗った車が動き出そうとしたところに、進木が駆け寄ってきた。そして、後部座席に乗り込んだ。
 「社長、私一人だけ残して行かないでくださいよ」
 「おいおい、雪絵ちゃん、一緒は、だめだよ。これから行くところは、どんな危険が待っているのか分からないんだよ」
 「何言ってるんですか。その危険な時こそ私の出番でしょう」
 「そんな事言っても、君をこれ以上危険な目に遭わす訳にはいかないだろう」
 「社長、そんなにも私のことを心配して下さるんですね。それなら、尚更私は、社長のことをお守りしなければなりません」
 「あの、雪絵ちゃん、私は、経営者として言っているだけなんだけどね」
 「どちらにしても、いつまでもここでお話していてもどうにもなりません。いざというときは、これでバシッとやっつけます。さあ行きましょう」
 その進木の手には先ほどの杖が握られていた。
 「その杖は、あそこにいたお年寄りの物じゃないのかい」
 「ええ。お返ししようとしたんですけど、ちょっと歪んでしまったので、もういらないと言われまして。まだ他にも杖はあるから私にくれるって」
 「おい、福山、どうするんだ」
 「そうだなあ。仕方ない、まずは横浜へ向かってくれ」
 「了解」
 黒岩は、車を発進させた。
 「しかし、そのお嬢さん、中々の腕前と度胸の持ち主みたいだな」
 「ああ、インターハイで3位だ」
 「ええっ、なるほど、それで。どうか、くれぐれも俺は敵ではないと言っておいてくれ」
 「大丈夫だよ。闇雲に振り回すようなことはないよ」
 「私ね、インターハイの時、優勝戦での対戦相手しか頭になかったんですよ。準決勝の相手には、それまで負けたことなかったしね。その油断が命取りになってしまいました。ですから、それ以後は、絶対に手は緩めないって決めているんです」
 後部座席から進木が力を込めながら話している。
 「おいおい、頼むからそれは剣道の場合だけにしてくれよ」
 車は、次第に横浜に近づいていた。
 「で、横浜のどこへ行けばいいんだ」
 黒岩が福山に聞いた。
 「神奈川ブライダルセントパレスだ」
 「なるほど。やはり、伊藤元秘書官が黒幕だったということか」
 「黒幕が誰なのかは、そう簡単には分からないだろう。せめて、どう関わったかくらいは、問い詰めてみよう」
 車は、横浜市街に入り、ホテルの駐車場に止まった。
 中に入ると、フロントに岩佐友美の姿があった。
 「これは福山さん、先日はどうもありがとうございました」
 いつものように、可愛い笑顔で迎えてくれた。
 「伊藤総支配人に、ちょっとお話が」
 「申し訳ございません。生憎、今日は、まだ来ておりません」
 「来てないのかい」
 「はい。何も連絡がないんです。携帯にも出られません」
 「そう。何かあったのかもしれないなあ」
 「えっ、どういうことですか?」
 「分からない。とにかく行ってみよう。どうもありがとう。また、ワインの会をしたいので、その時はよろしく」
 「ぜひ、お願いします。お待ちしてます」
 岩佐が、丁寧におじぎをしていた。
 福山は、直ちに駐車場へ向かい、二人も後を追った。
 「では、黒岩、次は・・・」
 「熱海だろう。大志野の所しかもう考えられない」
 「そうだ。急いでくれ」
 「了解」
 車は、熱海へと疾走した。
 福山は、何も起きていないことを祈るばかりであった。
 「ねえ、社長」
 「なんだい」
 後部座席に座っている進木が福山に話しかけた。
 「ワインの会って何ですか?」
 「えっ、ああ、さっきの岩佐君との話ねえ。あのホテルのレストランには、地元や海外産の、かなり上物のワインが入るんだよ。それで、先日、ちょっとした料理も出して、ワインの試飲会をしたんだよ。それが結構人気だったもので、またワインの会をしようということになったんだ」
 「わあ、素敵じゃないですか。ぜひ、私も参加させてくださいよ」
 「ああ、いいよ。でも、経費は会社からは出ないからね」
 「分かってます。きっとですよ」
 次第に、車窓からは、相模湾が見えてきた。
 そして、福山は、改めて伊藤の果たしたであろう役割を考えてみた。
 『通称「中野学校」を出ている伊藤にとって、その判断基準は、おそらくこの国の進路の中で、自らの役割をいかに果たすかということであろう。すでに、政界における公的立場は終えているとなると、今は、元総理の大志野との関わりが最大の役割なのかもしれない。では、そこにおいて、彼の役割とは何だろう。大志野は、かなりの高齢となったが、それでも、まだそれなりの発言力はある。時々の時事問題でも、マスコミからコメントを求められて、それに答えている。おそらく、そういった時も、伊藤が関わっていることだろう。そして、最大の役割は、オーシャンドリーム号の真相が露呈しないようにすることにあるのかもしれない』
 そんなことを考えているうちに、次第に熱海が近づき、福山は、鼓動が高鳴ってくるのを感じた。
 熱海の高台にある大志野邸に着くと、先日も見た伊藤の車が止まっていた。
 「やはり、ここだったか」
 三人は、玄関から入ったが、いつも最初に応対してくれる四〇才代と思われるハウスキーパーの姿がない。

 「変だなあ。どうしたんだろう。伊藤総支配人の車があったから、誰も居ないはずはないんだがなあ。ちょっとお邪魔しようか」
 「おい、大丈夫か」
 黒岩が心配していたが、福山は、構わず靴を脱いで上がった。
 「まんざら知らない間柄でもないし、どうも気になるから部屋に行ってみよう」
 二人もその後に続いた。
 いつも話をする部屋に行くと、大志野が床に倒れていた。そして、その胸には、ナイフが突き刺さっていた。
 「えぇっ」
 福山は、大志野に駆け寄った。
 「総理、総理!」
 福山が体をゆすりながら声をかけると、大志野がゆっくりと目を開けた。
 「何があったんですか。しっかりしてください」
 「伊藤、伊藤が・・・」
 「伊藤さんがどうしたんですか。伊藤さんにやられたんですか」
 「伊藤が、離れに・・・」
 大志野が、離れの方を指さしていたが、そこで力尽きてしまった。
 「総理、総理・・・」
 「あの伊藤総支配人が、どうして総理を・・・。福山、とにかく、離れに行ってみよう」
 「そうだな」
 三人は、静かに音をたてないようにしながら、離れへ向かった。
 廊下を抜けて離れに入ると、8帖二間ほどの部屋の奥の方で、後ろ手に縛られている伊藤と、その伊藤に刃物を突き付けているハウスキーパーの女性がいた。
 「どういうことだ?」
 三人は、そこで立ち止まった。
 「危ない。近づくな」
 伊藤総支配人が、声をあげた。
 「こんな時に、お邪魔な人たちね」
 その女性は、伊藤の首に刃物を突きつけた。
 「やめろ、河村」
 河村と呼ばれたその女性は、伊藤を今にも突き刺しそうだった。
 「そうか。お前が総理を刺したんだな」
 福山は、じりじりと、河村に近づこうとした。
 「それ以上近づくと、次はこの人を刺すわよ」
 「うっ・・・」
 福山は、どうしようもなかった。
 黒岩と進木も福山の横で立ちすくんだ。
 「仕方ないわね。そこの貴方」
 河村は、進木を見た。
 「何よ」
 進木は、持っていた杖を握り締めた。
 「これで、そのお二人さんの手と足を縛りなさい」
 河村は、荷造り用の布テープを進木に向けて投げてきた。
 進木は、どうすべきか考えていた。
 「何をしているの。早くしなさい」
 河村が、声を荒げて進木に命じた。
 「雪絵ちゃん、ここは仕方がない、言われた通りにするんだ」
 福山の言葉で進木は、杖を置き、テープを取った。そして、福山と黒岩の手足をテープで巻いた。
 その間、河村は、伊藤に刃物を突きつけていた。
 「じゃあ、二人は、そこに座りなさい」
 福山と黒岩は仕方なくその場に座った。
 「貴方は、こちらに来なさい」
 進木は、河村に近づいた。
 「その金庫の中の二段目の引き出しにある紙袋を出しなさい」
 押入れの中に置いてある金庫の扉が開けられていた。
 金庫が開けられたところに三人がやって来たようだ。
 進木が言われた引き出しを見ると、少し大きめの袋があった。
 その袋には『O・D関連資料』と書かれていた。
 「それをシュレッダーにかけるのよ」
 部屋の隅に置かれていたシュレッダーで、進木はその資料を裁断した。
 「次は、それを外で焼却しなさい」
 確かに、可能性としては、その裁断された資料は、復元できるかもしれない。
 進木が、その紙の塊を外に出し、火をつけるとまたたく間に灰と化した。
 火の消えたことを確認していると、河村と伊藤の口論する声がした。進木が見ると、河村が今にも伊藤を刺そうとしていた。進木は、すぐに部屋に戻り、持ってきていた杖を手にした。
 「やめなさい!」
 進木が静止しようとしたが、次の瞬間、河村の手にあった刃物は、伊藤の胸に突き刺さり、伊藤の「うっ」という声が漏れた。
 「何てことを」
 進木は、凶行を阻止できなかったが、ここに至っては、もう河村を叩きのめすしかないと思った。
 それを感じたのか、河村は、刺していた刃物を抜くと、進木に向けてきた。
 「進木さん、逃げるんだ。こいつは、皆殺るつもりだ。早く逃げなさい」
 伊藤が苦しそうに言ったが、一緒に来た二人を残して一人逃げるわけにはいかなかった。
 進木は、杖を手にして河村に対峙した。
 「そんな物で、私をどうにかしようというの。面白いわね。こんな場所に来た貴方が不運だったということを分からせてあげるわ」
 河村は、刃渡り三十センチほどの刀物を握り締めると、殺意に満ちた顔でじりじりと進木に迫った。
 「雪絵ちゃん、逃げるんだ」
 手足を縛られて動けなくされてしまっている福山が叫ぶが、進木は河村を倒すことしか考えられなかった。とりあえずは、その手にしている刃物を叩き落とすことだ。
 「ただのお嬢さんではなさそうね」
 進木の構えに、河村も気合を入れ直している。進木は、河村との間合いを取りながら、動けなくされている二人を背後にするように少しずつ動いた。二人を人質にされると、どうしようもなくなる。
 どうにか、二人を背にし、河村だけに集中できるような位置を確保した。
 その時、伊藤が、何やら声を出したので、河村が、目をそちらに向けた。
 『今だ』
 チャンスと見た進木は、目にも止まらぬほどの速さで、河村に『小手』を入れた。
 「あっ」
 河村の手から刃物が落ちた。河村は、腕の痛みに堪えながらも、落とした刃物を拾おうとしている。
 進木は、すぐにその刃物を祓った。刃物は、伊藤の前に転がった。そして、河村に『胴』を入れようとしたが、河村は、畳に体を横にするように倒れ込み、進木の足を祓った。
 油断したわけではなかったが、刃物を払い落としたことで、少しホッとしたのかもしれない。その瞬間を河村は逃さなかった。
 さらに、河村は、懐から、小さい刃物を取り出し、進木に突きつけた。
 「そう簡単にやられはしないわよ。ここまでは見事だと言っておきましょう。でも、最後の詰めが甘かったわね。お気の毒だけど貴方の負けね」
 進木は、ただ逃げるしかもう手はなかった。だが、河村は、背後から進木めがけて追いかぶさり、刃物を振り上げた。進木は、絶体絶命に陥った。
 「進木!」
 福山の声が響いた。
 その瞬間だった。
 「うっ」
 進木の背中で河村の声がして、進木の横に河村が倒れ込んできた。
 進木は、すぐに起き上がり体勢を取り直した。
 河村の背中には、先ほど伊藤の前に転がっていた刃物が突き刺さっていた。
 進木が、河村の背後を見ると、伊藤がその刃物を飛ばしたことが分かった。先ほど、伊藤の目の前に転がった刃物で手に巻かれていたテープを切り、残された力で刃物を投じたようだ。
 進木は、福山と黒岩のテープをはがし取り、三人は、いそいで伊藤の側に寄った。
 「黒岩、すぐに警察と救急隊に連絡だ」
 「おう」
 黒岩は、直ちに電話を入れた。
 「伊藤さん、すぐに救急車が来ますから、しっかりしてください」
 しかし、伊藤は、かなりダメージを受けているようだった。
 「もう少し若かったら、こんなことにはならなかったんだが、あいつにしてやられた」
 「彼女は、どうしてこんなことをしたんですか」
 「河村は、大志野が総理の時に、警護も兼ねて当時の防衛庁の中から総理付けの秘書に派遣されていたんだ。大志野が総理を辞めた時に、俺も河村も退職した。それ以後は、言ってみればお傍用人といったところだ。だが、最大の任務は、様々な秘密の漏洩を未然に防ぐところにある」
 「じゃあ、オーシャンドリーム号の真実が明るみになりそうだと河村が思って、その隠滅を図ったということですか」
 「大志野も私も、心のどこかには、いつも呵責の念がある。しかし、だからと言って、自分からどうこうしようとは思わない。墓場まで持っていくというのが我々の基本だ。だが、あなた方のように真実を追求しようという信念を持った人が現れると、どこまで本当の所に近づくんだろうといった思いも出てくるんだよ」
 「なるほど、それで大志野が、岸本さんに合わせてくれたのか。そうか、伊藤さんの年賀状の歌は、そういった思いを詠んだものだったんですね」
 「ああ、あれか。あんな歌を創るようでは、俺も弱気になったもんだ」
 「今日、岸本さんがインタビューの後に襲われたのですが、それも河村の仕業ですか」
 「岸本の件は、大志野にしたら、ちょっとした遊び心だったのかもしれないが、その動きを知った河村は、真実の露呈を防ごうと動いたのだろう」
 「誰かの指示があったのでしょうか」
 「さあ、それは分からない。ここに来た時から、そういった事に備えていたのかもしれないし、何とも言えない。我々は、現職ではないから、それぞれが判断することだ。ただ、さっき河村が言っていたが、襲ったのは、あいつの同期らしい。何でも、そいつらも退職していて、時々連絡しあっていたようだ。まあ、殺すつもりはなく、余計な事は喋るなといった脅しだったと言っていたよ」
 「では、どうして大志野や貴方を刺したんだろう」
 「福山さん、貴方は、以前、大志野の声を録音したテープを持ってきていたでしょう。それを録音したのが河村だったんですよ。そして、今回の岸本さんの襲撃で、大志野は、河村に、『ただでは済まさんぞ』と言ったんだ。それを、河村は、殺されると思ったのだろう。河村は、大志野や俺の過去はよく知っているから、そう思っても不思議はない。そこで、オーシャンドリーム号の証拠資料も、我々も消してしまおうと思ったんだろう」
 そこまで話していると、救急車の音がしてきた。
 「伊藤さん、しっかりしてください。救急車が来ましたよ」
 ぐったりとしている伊藤が、救急隊員に運ばれていった。
 しかし、大志野と河村は、すでに息絶えていた。
 その後にやって来た警察による三人に対する取り調べが終わった頃には、すでに夜になっていた。
 「雪絵ちゃん、大変な一日だったな」
 「もう、殺されるかと思いましたよ」
 「でも、よくあんな恐ろしい場面で、対抗できたね」
 「手に何かを持っていれば、少々のことは大丈夫なんです。これ、今日は、すっごく役に立ったでしょう」
 進木の手には、くねくねと曲がった杖が握られていた。
 「まあ、それで命拾いしたようなもんだからな」
 「そうですよ。記念として大事に取っておこうと思っています」
 「雪絵ちゃんが、年取ってから、それを使ってたらすごいよなあ」
 「社長、杖としては使えませんよ」
 「じゃあ、その杖を振り回して、いつかまた暴れるのか?」
 「だから、そんなことはしませんよ。もう、社長、いじめないでくださいよ」
 「まあ、とにかく、三人とも無事で良かった。遅くなったが、晩ご飯でも食べに行こうか」
 「もう、私、おなかペコペコです~」
 「そうか、じゃあ、雪絵ちゃんの好きなものを好きなだけ食べていいぞ」
 「ええっ、本当ですか。嬉しいです」
 「でも、割り勘だからな」
 「えっ」
 「冗談だよ、冗談。今日は、心配するな」
 「もう、社長ったらあ」
 「じゃあ、黒岩、良さそうなところがあったら、入ってくれ」
 「OK」

 三人を乗せた車は、横浜方面へ向かって走っていた。
 


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