24. 2月に入って立春を過ぎると、春の到来を感じさせる日も出てくるようになった。 福山は、先日も待ち合わせをしたT新聞本社近くの喫茶店に入った。 しばらくして、慌しそうに黒岩もやってきた。 「済まん、済まん。ちょっと、打ち合わせが長引いてしまってな」 「仕事が忙しいのに、たびたび時間を取らせて悪いな」 「それは、構わんよ。今日は、仕事が休みで、労組の方の用事なんだ。春闘や次期体制について、分会でどうするか相談してたんだよ。来週に大会があるので、この後、また、その準備だよ」 「労組か。退職して以来、全く関わることがなくなってしまったよ。今でも、メーデーの時期になると、集会に出た後、職場のみんなと代々木公園で弁当を食べた時のことを思い出すよ」 「そうだったよなあ。俺の廃車寸前の軽の乗用車がダンボールで戦車に改装されて、メーデーの行進の先頭を行ったのを覚えているか」 「覚えているよ。あれは笑ったぞ。お前が乗ってハンドルを操作していただろう」 「ああ。エンジンは掛けられないし、前もほとんど見えなくて、右だ左だと言われるがままにハンドルを動かしていたよ。今は、もう、そんなことをすることもなくなったがなあ」 「時間があまりないのに、昔話までさせてしまったな。ところで、ついに核心に迫るようなところに至ったと言っていたが、どんなことなんだ」 福山は、やってきたコーヒーを口にした。 「大志野が言っていた『得』をした者は誰なのかということなんだが、半端な額じゃないし、それもどこの誰かなんてことじゃなくて、もう国家的レベルでの話だ」 「国家的レベルとは、どういうことなんだ」 「まあ、別に雲をつかむような話でもないんだが、雲に覆われたような話でもあるから、庶民には、簡単には見えないようにされている」 「だから、どういうことだ」 「巧妙に騙されているということだよ。これを見ればよく分かるよ」 そう言って、黒岩は、バッグから資料を取り出して福山に見せた。 「法人税は、80年代に入った頃は、むしろ税率が引き上げられていたんだが、80年代後半から、逆に引き下げられていくことになる。43%ほどだった税率が、90年代には30%にまで引き下げられてしまった。その上、大資本に対しては、数々の優遇税制や補助金等により、大資本の実際の負担率は15%ほどしかない」 「ほとんど、半分以下じゃないか」 「同様に、所得税の最高税率も、70%だったものが、37%まで引き下げられている。こちらも、実際は、もっと低いんだよ。つまり、分離課税といって、株式などで得た所得には10%ほどしか課税されない。だから、100億円以上の高額所得者のほとんどは株式の売買によるものが多いため、実際の負担率は15%前後、5分の1近くにまで引き下げられた。こういったことが、80年代後半からどんどん進められたんだ。仮に、年間100億円の所得があったとしたら、所得税が70億円だったものが15億円で済むことになる。つまり、一人で55億円の減税となるんだよ」 「そうなると、財政難に陥ってしまうだろう」 「だから、消費税が導入されたんだよ。80年代後半に消費税が導入されて以来、およそ20年で200数十兆円が徴収されている。ところが、法人税と最高税率引き下げによる減税総額がこれもおよそ200兆円だ。また、大資本は、消費税を一円も払わない上に、大銀行などは、経営危機だと言えば、公的資金注入だとして30兆円もの税金を手にしている」 「ということは、庶民から徴収した消費税は、その穴埋めか」 福山は、まさしく理不尽だと思った。 「大資本や大資産家は、それによって、およそ100数十兆円を新たにため込んでいる。だから、大資本のため込みは、今や、200数十兆円だよ。一方、庶民の所得税率は変わらない上に、各種所得控除が廃止されたり、消費税が導入されているから、まるまる増税となっている」 「では、徴収された消費税の残りの100兆円はどうなったんだ?」 「主に海外に投資されている。その多くはアメリカだ」 「アメリカに?」 「当時から、アメリカは、膨大な軍事費による財政赤字と貿易赤字に悩まされていた。それは、双子の赤字とも言われている」 「それは、聞いたことがある」 「だから、80年代後半、アメリカは、日本に対して強力な財政投資を要請し、以来、日本政府は、それを忠実に実行している。大資本と大資産家におよそ年間10兆円の減税をし、半分は自らがため込み、半分をアメリカに投資している。まあ、ざっと、そんなところだ」 「じゃあ、日本政府が、マッチポンプのごとくに庶民から集めた消費税を、日本の財界とアメリカが山分けをしているということか」 「平たく言えばそういうことかな。時代劇で、やくざが自らのテリトリーにある店を回って所場代を巻き上げるようなシーンがあっただろう。それと同じようなものだ。ローカルに行えば、ゆすりたかりの犯罪でも、国家的規模でやれば正当な行為というわけだ」 「だが、消費税は、直間比率の是正だの、福祉の為だといった理由で導入されたし、そう思っている人がほとんどだぞ。そういうことだったら、もっとマスコミも実態を明らかにする必要があるだろう」 福山は、それこそが黒岩の仕事だろうと言いたかった。 「ところが、そこが一番問題なんだよ。お前も、『21世紀政経懇』という集まりを耳にしたことがあるだろう」 「そうだな」 「その前身が、第2次政治経済調整審議会、『第2次政経審』と言われていた。80年代後半に、経済界のドンと呼ばれた嘉川輔六商団連顧問を会長に据え、名だたる大資本の代表に加え、殆どの全国紙からの代表や論説委員といったメンバーもそこには名を連ねていたんだ。つまり、財界の思惑に沿った報道がされるシステムがそこに確立されてしまうんだ」 「それじゃあ、報道統制が敷かれているようなものじゃないか」 「統制と言えば、まだ強制されているように聞こえるが、むしろ、自らが進んでその立場で報道しているようなものだ。つまり、財界の報道部に過ぎないようなことになってしまったんだよ。それは、全国紙だけではなく、地方紙にも記事を配信している全国通信社も加わっているから、わが国のほとんどの新聞は、基本的には、その影響下に置かれている。『21世紀政経懇』では、国や地方の政治のあり方だけでなく、政党や国民の変革をも掲げている。つまり、財界の思惑に沿って、政党や国民を統率しようということが、あからさまに述べられているんだ。また、こういった政経懇といった取り組みは、各地方でも行なわれていて、その多くは、地方紙が主催してもいるよ。つまり、報道機関が、その取り組みの中心的役割を果たしているとも言える」 「それは、ジャーナリズムなんかじゃないぞ」 福山は、正義に立脚し、不正を正すという使命を持たなければならない報道機関が、全く談合か変節とも言えるような状況下にあることに、またまた理不尽だという思いに駆られた。 「一部には、それに批判的な者はいるが、その基本方向に反するような記事を書いても没にされるだけだ。だから、自分の記事が採用されるために、それに沿ったものを書くようになってしまうんだよ。だから、わが国の殆どの人たちは、財界の思惑に沿った記事しか目にすることはないよ。それは、テレビも同様だ」 「戦時中の大本営発表と変りゃしないぞ」 「同じような視点の同じような記事がほとんどの新聞で流されるんだ。それは、もう、洗脳と言ってもいいかもしれない。その視点が、国民の立場でならまだいいが、ほとんど、アメリカと財界の視点に限られている。だから、消費税や小選挙区制の導入の時も各社いっせいに財界の思惑に沿った報道をした。第1次政経審は、60年代初頭に発足しているから、そういった基本的方向は、その頃からのものだろう」 「そうだよ、黒岩。あの安保闘争の時も、各社同時に、議会制政治を守れといった事実上安保条約推進勢力を擁護する立場での論陣を張ったぞ」 「オーシャン・ドリーム号の時もそうだ。俺たちが、自衛隊や米軍の関与を訴えたが、全く聞き入れられることはなかった。テレビも新聞も、何らかの爆発による沈没という同じような報道であふれ、ほとんど、報道統制が敷かれていたかのようだった」 「かなり、深刻な状況だな。世界的に見てもこんな異様な国はないぞ」 「それを変えることが出来るのは、唯一、国民の声と運動でしかないだろう」 「労働運動も、頑張らないとな」 福山は、労働運動の奮起を期待したいと思った。 「ところが、その労働運動の多くが、80年代後半に統一されていくんだが、その統一された全国労働組合協議会、『全労協』の代表が、『第2次政経審』にも、『21世紀政経懇』にも加わっているんだよ」 「何だよそれ。財界との馴れ合いというか、ほとんど、八百長じゃあないか」 「労働運動を、全労協に統一させた初代会長の大塔弘庸は、その功績が『評価』されて、勲一等瑞宝章を授与されている」 「つまり、支配勢力から、最大級の賛辞が送られたということか」 「だから、この国は、財界にとって、好きなようにされているという状況にあるんだよ」 「しかし、何とかしなければ、国民は、財界とアメリカとの奴隷にされてしまうぞ。あるいは、もうされているのかもしれん」 「とにかく、庶民と一労働者が声を上げていくしかないといったところだ」 黒岩は、タバコの火を消し、コーヒーを飲み干した。 「そういえば、俺の知っている山陰日報社の記者も、戦う意思をまず持つことだと言っていたが、確かにそういうことなのかもしれん」 「本当に、庶民にとっては死活問題で、大変な状況になっているんだが、事の本質は、殆ど理解されていないよ。多くの国民が財界やマスコミに騙されているというのに、殆ど気づいていないから、とても歯がゆい思いをしているよ。伝えたいことが伝えられないといったもどかしさもな」 「黒岩。そういう人たちを見て、みんな騙されていると思うだろう。でも、そういう意味においては、黒岩も同様に騙されているんだぞ」 「俺がか?」 「まさか、自分が騙されているなんて思いもよらんだろうが、でも、そういうことなんだ。黒岩も、騙そうとしている勢力に騙されているんだよ。そして、ただ知らないというだけでなく、騙されていることに気づいていないということでも同じことだよ」 「本当なのか?」 「信じられないかもしれんが、そうなんだ。それについては、また話すよ。そんなに単純なことでもないからな。ただ、大志野が言っていた『得』をした者とは、おそらくわが国の財界とアメリカということでは間違いないだろう。およそ200数十兆円を『得』しているんだから、これ以上の『得』をした者はいないだろう。逆に言えば、庶民は200兆円を超える財産を没収されたということだ」 「それは、法人税や所得税の最高税率の引き下げ、健康保険の労働者への負担増、正規から非正規への切り替え、国保財政への国の負担の引き下げ、そして、消費税などなど多くの人々からの収奪や犠牲によるものだ。さらに、そういった庶民を絞り上げることが、わが国の景気後退の根本的な要因にもなっている。だから、景気回復のためには、その不条理な税体系を、80年代前半に戻せばいいということになる。このままでは、また消費税をアップされて、さらに、アメリカや財界に搾り取られるだけだ。ところが、そういった企みは、財政難だとか福祉のためだとか、まるで国民のためかのような理由で本当の狙いが見えなくされ、事あるごとに彼らの思惑の方向に誘導されている」 「そして、そういう国民に対する収奪と攻撃の出発点となったのが、オーシャン・ドリーム号の事件というわけだ」 福山は、大志野の言葉をきっかけとして、事の本質に、また一歩近づくことができたように思えた。 「ただ、この間、調べてきて、80年代後半から、社会情勢は一変しているんだが、オーシャン・ドリーム号の事件とどう関連しているのかは、もう少しよく分からないんだよなあ。確かに、時期的には、すべて、そこが起点となっているのは分かるんだが」 「それは、黒岩が騙されていると言った事情が理解できたら納得いくよ。だが、そう簡単に理解できるかどうか。結構、難しいんだよ。理解できてしまえば、何だそんなことかとなるんだがな」 「どういうことなんだ。早く教えてくれよ」 「今日は、もう、そんなに時間がないから、次に話すことにしよう。そこそこ、時間がかかるんだよ」 「仕方がない。まあ、楽しみにしているよ」 そして、次に会える日を相談している時だった。 福山の携帯電話の着信音が鳴った。 「はい、福山です。・・・そうですが。・・・はい。・・・えっ、本当ですか。・・・はい」 黒岩も、横で、どういった事なんだろうかと、少々気になった。 「それは、本当に、ありがとうございます。3月3日、午前10時に付属療養センターですね。必ず、お伺いいたします。ご配慮いただき、ありがとうございます。では、失礼します」 福山は、電話を切ると、うれしそうに黒岩を見た。 「何があったんだよ」 「驚くなよ。岸本耶須子と面会ができるぞ」 「えっ、本当か!」 「大志野は、ちゃんと手を打ったんだよ」 「それで、どこに居たんだ」 「南関東病院付属療養センターだ」 「そうだったんだ」 「今、そこの事務長から連絡がきた」 「でも、本当だろうなあ。まさか、罠じゃないだろうなあ」 「罠? どんな」 「それは、分からないが、そんなに簡単に会わせてくれるとも思えんぞ」 「心配するな。何かあっても、そこは病院だ。すぐに手当てをしてもらえる」 「なるほど。って、そんなのん気な」 「おそらく、警備もつくだろうし、心配することないよ」 「そうだな。俺たちもだが、それより、岸本耶須子を狙うということも考えられるからな」 「また、その日が近づいたら、確認してみるよ」 「それがいい」 「3月3日は、平日だが、大丈夫か。こんなスクープは2度とないぞ」 「取材として行けなかったら、有休とってでも、必ず行くよ」 しばらく、その話をして、二人は、店を出た。 福山は、鼓動が大きく高鳴るのを感じた。 『これは、超特ダネだから、横浜FMにも取材させるか。企画立案は、関東プロデュースで行こう。よし、今から準備にかかるとしよう』 福山は、ただちに事務所へと向った。 |
邪馬台国発見
ブログ「邪馬台国は出雲に存在していた」
国産ローヤルゼリー≪山陰ローヤルゼリーセンター≫
Copyright (C) 2011 みんなで古代史を考える会 All Rights Reserved.