=歴史探訪フィクション=

人麻呂の怨・殺人事件


第5章 (2)

 「あっ、悪い悪い、こんなところで暗い話題出しちゃだめだよな。失敬」
 「どうかしたんですか」
 「いやね。前、ここで偶然隣の席になった青年も鳥取県出身だったんだよ。まあ、そんなに珍しいことでもないが、それを酒の肴にしたってところさ。ところが、その彼が、昨年に亡くなったって聞いて驚いちゃったよ。彼も、そう言えば古代史に詳しかったよなあ」
 吉岡も、さすがにその話題に触れたのはまずかったと、後悔していた。
 「彼の事なら、私も聞いたことがあるよ」
 「編集長も知ってましたか」
 吉岡は、次第に、ろれつが回らなくなってきた。
 「佐田君は、今年の春から本社に来たから知らないかもしれないが、山内恒哉君と言って出雲の古代歴史研究所の学芸員をしていたんだ。君の担当しているプロジェクトにも参加していたよ。昨年の発足間もない頃だったが、不慮の事故で亡くなってしまったんだ。伝え聞いたところでは、加藤教授の娘さんの婚約者だったそうだ。でも、教授は、反対していたらしい。噂だから本当の所は良く分からないけどね」
 編集長が、小声で教えてくれた。
 「そうだったんですか」
 「あまり、楽しい話ではないので、誰も口にはしないから、君の耳にも入らなかったんだろう」
 祐介は、あの恵美にそんな過去があるとは全く知らなかった。
 「ちょっとすみません。トイレに行ってきます」
 この曇った空気を変えるためにも、祐介は席を立った。
 「トイレに行っといれ、ってか」
 吉岡は、すでに元の調子に戻っていた。
 しかし、祐介には、ちょっと衝撃的な情報だった。別に恵美と付き合ってもいないのだから、彼女の過去について聞いたからといって、祐介が何を気にすることも無いはずである。ましてや、彼女の年齢で、それまでに誰かと付き合っていたとしても、ごく普通のことである。しかし、祐介は、その話にちょっとショックを受けている自分に気づいた。それほどまでに、恵美のことを気にしていたのだろうか。
 そんな事を考えながら席に戻ると、吉岡は、カウンターにうつぶせになって眠り込んでいた。
 「吉岡次長、もう酔ってしまったんですか。起きてくださいよ」
 吉岡は、何か言っているが、どうにもなりそうになかった。
 「いつも、こうなんだよ。仕方がない、大将、お勘定」
 大将の威勢の良い声と、女将の笑顔に送られて店を出た。
 「まだもう少しいいだろう。ちょっと一軒だけ寄るか。大将の出しているスナックだよ。名前が彼らしい。『大殿』だ」
 道を隔ててすぐ向かいにその大殿はあった。
 中は、そんなにも大きくはなかった。
 ふっくらとした落ち着いた雰囲気のママさんがいた。
 「いらっしゃいませ。これはお久しぶり。あらっ、いつもの次長さんとは違いますね」
 「ああ、彼は、今、中井亭で眠り込んでいるよ。もしかすると後で来るかもしれない。こちらは、わが社のホープで、佐田君だ」
 「そうなの。よろしくお願いしますね」
 「どうも、こちらこそ」
 しばらくは、ママと編集長が、取り留めのない世間話をしていた。
 祐介が、それを聞きながら出された水割りを口にしていると、編集長が話しかけてきた。
 「これまでは、海外取材と言えば、私と次長で出かけていてね。それというのも、私は、以前他の新聞社で海外支社に長く居たものだから、何かというと私が担当していたんだよ。まあ、いつまでも私がやっているのもどうかと思って、今回は、次長と君にまかせることにしたんだよ」
 「それは、ありがとうございます」
 その話は、祐介も聞いたことがあった。
 編集長は、T大卒業で、某全国紙の海外支局を回っていて、ゆくゆくは重役の椅子が待っていたのを、わが社の専務の従兄弟になるということで、かなり強引にその専務が引き抜いたそうだ。
 言ってみれば、専務は早田編集長に社の命運を掛けたとも言える。
 「次長は、あの通り、何事も性急過ぎるところがあってね。ゆっくり飲めばいいものを、さっさと飲んですぐに酔いつぶれてしまう。たまに囲碁を打つこともあるんだが、囲碁も早打ちでね。もう少し考えた方がいいよと言うんだが、さっさと打つものだから、後で必ず弱点が露呈してしまうんだよ。性格だから仕方ないのだろうが、そういった点を、カバーしながら行ってきてくれ」
 「はい。カバーしてもらわなければいけないのは、僕の方かもしれませんが、頑張ります」
 「ところで、君には神殿再建プロジェクトを担当してもらっていて、記事も目を通しているんだが、事件が起きて大変そうだねえ」
 「まだまだ実現するには、長い道のりがあると思われます。先日の会議でお会いした福山出雲市観光アドバイザーが、気になることを言われていました」
 「ほう。何と」
 「出雲の本当の歴史は隠されていて、それが一気に露になるかもしれないと」
 「なるほど」
 祐介は、恵美と解明した万葉集の新たな解釈についても話そうと思ったが、どう話して良いか分からなかった。
 「出雲の歴史もそうだが、わが国の歴史認識の世界は、極めて不自由だと常々感じている。アジア諸国では、自国の歴史や現体制に対しても、自由闊達に物を言っている。しかし、わが国では、歴史認識ということになるとどうしても天皇制との関わりなしには語れない。だから、腫れ物にでも触るような対応でしかないんだな」
 「そうですよね」
 「海外生活が長かったから特にそう思うのかもしれないが、わが国では、他国の体制批判は執拗に行うが、自国の体制については、特に天皇制も含めてそのあり方を検証するような指摘はほとんど皆無に近い。その点では、我々マスコミの責任は大きいよ。体制寄りだという批判は拭えないという思いはある」
 祐介は、難しい問題なのでどう答えたら良いのか惑ったが、確かに、マスコミに携わる人間としては、重要なことだと思った。
 「事件とのかかわりで、万葉集について調べているんですが、そこにも大きな秘密が隠されているように思えます。あるいは、歴史の真実が明らかにされるきっかけになるかもしれません」
 祐介は、今の思いを述べてみた。
 「そうかもしれないな。『出雲の本当の歴史が露になる』か、その福山氏は面白いことを言うね。次のコラムに何か載せるんだろうか。楽しみに待つとするか」
 「そうですね」
 しばらく「大殿」にいたが、とうとう吉岡は来なかった。
 外に出ると、東の空に、少々欠けた月が綺麗に見えていた。
 祐介には、事件のカギを握るものが万葉集にあるとしか思えなかった。
 ・・・また研究室へ行こうか
 




                               

 

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