=歴史探訪フィクション=

人麻呂の怨・殺人事件


第6章

 10月も半ばを過ぎると、出雲大社周辺の木々も色づき、すっかり秋らしくなった。
  恵美が車から降りると、ひんやりとした朝の冷気が心地良く、出雲古代歴史研究所の入口には、今月下旬に開催予定の『出雲弥生王墓誕生を探る』と題したシンポジウムを知らせるポスターが掲示されている。
  朝礼が終わり、しばらくすると勝山総務課長がやってきた。
  「加藤さん、これがシンポジウム当日の日程です。主に受付を担当してもらう予定なのでよろしく」
  「はい。分かりました」
  恵美が、日程表に目を通していると電話が鳴り、三上が受話器を取った。
  「はい、出雲古代歴史研究所です。はい、三上と申します。・・・、え? ええっ! はい、分かりました」

  電話の内容に、三上が少々動転している様子だった。
  「何かありました?」

  「大変だよ。森山理事が刺殺された」
  「プロジェクトの?」
  「そうだ。警察が、今からすぐに誰か来て欲しいと言っている。君、悪いが、すぐに行って事情を聞いてきてくれないか」
  「えっ、私がですか?」
  「理事長や総務課長には、私から伝える。すぐに対応策を考えなければいけないから頼むよ」
  「場所は何処なんですか?」
  「稲佐の浜だ。そこが現場のようだ」
  「はい、分かりました」
  恵美は、三上に言われてすぐに駐車場へ駆け出した。
  そして、引き続く殺人事件からくる恐怖感に慄きながら、現場へと急いだ。
  その途中、恵美は、電話があった時の三上の対応にちょっと疑問を抱いた。 
  『どうして私が? 三上さんの方が適任だと思うんだけど・・・』

  そんなことを考えながら稲佐の浜へ行くと、駐車場には警察車両が止まっており、警察関係者が慌しく捜査活動を行なっていた。
  恵美は車から降り、砂浜を少し北に行った現場へ走った。
  県警の金村刑事が、被害者の衣服を念入りに調べており、恵美が近づくと、金村刑事も恵美に気づいた。
  「これは加藤さん、お忙しいところ、ご足労いただいて申し訳ありません。また、大変な事件が起きてしまいました」
  「どうしてこんなことに・・・」
  「プロジェクトの関係者が、これで2名刺殺されました。殺害の方法も前回の大泉氏と同様に鋭利な刃物で急所を刺されており、同一犯人による連続殺人の可能性が大きいでしょう。そうだ、加藤さんにおいでいただいたのなら好都合です。犯人が、また同じようなメッセージを残しているんですよ。こちらを見てください」
  金村刑事は、前と同様、ビニール袋に入れた紙を恵美に見せた。
  そこには、『人麻呂の怨』と大きく印字されていた。
  「本当にふざけた犯人ですよ。この前は『神の祟り』で、今度は『人麻呂の怨』だなどと言っています。その横にまた歌がありますが、やはり万葉集の歌でしょうか」
  この歌も恵美のよく知っている歌だった。

東の 野にかぎろひの 立つ見えて
  かへり見すれば 月かたぶきぬ(1-48
 
  「そうです。柿本人麻呂の歌です」
  「なるほど。だから、『人麻呂の怨』というわけですな。しかし、今頃、大昔の歌人の怨だなんて、さっぱり意味が分かりませんよ。そして、さらに犯人は、犯行予告ともとれるようなメッセージまで残しています」
  そこには、『次はお前だ』とあった。
  「まだ誰かを・・・」
  「とんでもない犯人ですよ。ところで、被害者は、今朝早く浜辺をジョギングしていた近所の男性によって発見されていますが、犯行時刻は、昨夜の九時頃と見られています。その時間帯に、こんな場所に来るなんてどういった事情があったのでしょうか」
  「さあ。昼間でしたら、何かの調査ということもあるのかもしれませんが、そんな夜中に何故こんな所に・・・」
  「とにかく、これでプロジェクトがらみだということが、濃厚となりました。またプロジェクトの関係者が狙われる可能性が非常に高いと言えます。あまり考えたくはないでしょうが、内部犯行という線も浮上してきました。あるいは、単独犯ではないのかもしれません。その辺りの事情や対策も含めて、後ほど研究所にもお寄りしますので、よろしくお願いします」
  「分かりました」
  「くれぐれも、ご注意ください。加藤さんも危険な立場にあります。もし、不審な人物や気が付いたことがありましたら、すぐにご連絡ください」
  連続殺人が起きたということだけでも十分恐ろしいことなのに、その上、恵美がターゲットにされる可能性まで出てきてしまった。犯人の思惑がよく分からない今は、プロジェクトに関係する誰が狙われるのかなど検討もつかない。少なくとも、現時点で自分がその圏外ではないということは、確かなようだ。
  恵美は、少し足の震えを感じながら研究所へ戻った。
  そして、三上に報告を済ませると、少し落着こうと給湯室へ行き、コーヒーを準備しながら先ほどの事件現場でのことを思い返していた。大泉理事に続き森山理事まで殺されたということになると、もうプロジェクトとの関連は否定しがたい。だが、プロジェクトに反対するからといって二人も殺すだろうか、あるいはプロジェクト内に、恵美の知りえない何か大きな問題が潜んでいるのかもしれない。
 しかし、そうなると、その二つの事件に残されていた万葉集の歌二首は、どういう意味を持っているのだろう。どちらにしても、内部犯行の疑いがあり、恵美もそのターゲットの中の一人かもしれない。

  恵美は、カップを持つ手が小刻みに震えていた。
  するとその時、背後に人が立っている気配を感じた。
  「誰!」
  後ろを振り返ると、そこには三上が立っていた。
  「何かご用でしょうか!」
  恵美は、恐ろしさでカップを落としそうになった。
  「どうしたの? 何か用かって、僕もコーヒーを入れようと思ったんだが、驚かせてしまったのかな」
  「そう、そうですね。ごめんなさい。あんな事件があったものだから、ちょっと怖くて」
  「大丈夫だよ。きっとすぐに犯人は捕まるよ」
  恵美は、自分が疑心暗鬼に陥っていることに気づいた。
  『こんなことじゃいけないわ。しっかりしなくちゃ。まだ私が狙われているかどうかなんて分からないもの』
  恵美は、自分の机に戻りコーヒーを口にしたが、この不安は簡単に消えそうにもなかった。
  しばらくすると、刑事数名と祐介もやってきた。
  金村刑事が、事件の概略を話し、捜査に協力して欲しいということで、別室で職員からの聞き取りが始まった。
  「恵美さん、こんな時に悪いんだけど、あの人麻呂の歌のことを教えてもらえないかな。詳しい事はまた聞くとして、とりあえず、記事にするのにちょっと聞いておきたくて」
  祐介が、小声で恵美に頼んできた。
  「いいわよ。私もあの歌はよく分からないんだけど、人麻呂が東の方を見ると、野に『かぎろひ』が立ったのね。そして、振り返ると西には月が傾いていたという場面を詠んでいるのよ。その『かぎろひ』とは、どういった現象なのかといったことも研究されているけど、難しいわね。日の出の頃に、日の光が立つような現象を人麻呂が見て、それを歌にしたといった説も言われているわ。今はそんなところよ。また調べておくわね」
  「ありがとう。何か分かったら教えてよ」
  「ええ」
  祐介は研究所から出て行き、恵美は残ったコーヒーを飲み干した。
  その時、事情聴取を終えた加藤理事長に三上が声をかけた。
  「理事長、そろそろお時間ですが」
  「そうか。じゃあ、出かけるか」
  「では、私もご一緒します」
  「君は、事情聴取がまだ終わってないだろう」
  「ですけど、理事長と一緒に行く予定でしたから」
  「いいよ。大丈夫だ。君は残っていたまえ」
  「そうですか・・・」
  三上は、何か落着かない様子だった。
  『どうかしたのかしら?』
  恵美は、警察から電話のあった時もそうだったが、三上の言動に、ちょっと引っかかるものを感じた。
 そして、出雲の地で起きた連続殺人事件と万葉集の歌との関連について、考えをめぐらしていた。

  ・・・人麻呂の歌は何を意味しているのかしら?
   




                             



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