オーシャン・ドリーム号の悲劇 船 ・・・20年目の夏
22.
 「福山君、待たせたな。最近、動くのが少々億劫になってきてな」

 大志野元総理が、和服姿で出てきた。
 ゆっくりとした足取りで、福山の前のソファーに腰掛けた。
 「ちょっと、遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。ますますご健康で、ご活躍されることを願っております」
 「ありがとう。で、そちらは?」
 「黒岩と言います」
 黒岩が、大志野に名刺を渡した。
 「彼は、私が以前勤めていた時の同僚です。正月に会いまして、総理のところに、日本では他にないような立派な柱時計があると話しましたら、ぜひ見たいと言うもので連れてきました。もし、ご都合が悪いようでしたら、すぐに帰らせますが、良ければ見せてやってくれませんか」
 「なあに、構わんよ。好きに見ていけばいい」
 「そうですか。ありがとうございます。良かったな、黒岩。じゃあ、早速見せてもらえよ。そちらだ」
 「あ、ああ、そうだな。では、失礼して」
 黒岩は、全く、打ち合わせにもなかった話だったが、福山の誘導に従って、柱時計の前に移動した。記者の肩書きを持つ黒岩であるが、今日は、単なる時計への興味で来たということにしようという福山の気転だろうと思った。それに、2人で問い詰めるという形になると、大志野が話すことを拒むかもしれない。しかし、当然ながら、記者がそばで聞いているという、証言者としての役割もあるのだろう。
 おもむろに、福山は、バッグの中から、ラジカセを取り出してテーブルの上に置いた。
 「これは、何だね」
 「これが、先日、ホテルオープンに際して、総理に差し上げると言っていた記念品です」
 「これがか?」
 「この機器ではなく、こちらです」
 そう言いながら、福山は、カセットテープを大志野に見せた。
 「そのテープがどうかしたのかね」
 「ここに、総理が、とても関心を抱いていただける会話が記録されています。まずは、こちらをお聴きください」
 福山は、ラジカセにセットして、再生ボタンを押した。
 大志野は、いったい福山が、何を聴かせようとしているのか、よく分からないといった様子だった。
 しかし、テープが進むに連れて、大志野は、次第に形相が変わり、福山を睨みつけていた。
 「これは、何のまねだ」
 「とりあえず、最後までお聞きください」
 「下らん猿芝居を仕組みおって」
 「まあ、まあ」
 ところが、後半部分は、大志野も興味深そうに聞いていた。
 一通り再生が終わったので、福山は、ストップボタンを押した。
 さあ、大志野がいったい何を言い出すのかと、福山は身構えた。
 「福山君、悪いがもう一度聴かせてくれるか」
 「えっ、ああ、いいですよ」
 福山は、テープを巻き戻し、もう一度再生した。
 大志野は、先ほどは、怒りに震えるようだったが、今は、何かを確かめるような様子で聞き入っている。
 黒岩も、大変なことになりはしないかと、2人の様子を伺っていたが、大志野の思わぬ落ち着きに、ひとまずは胸を撫で下ろした。
 2度目の再生が終った。
 「ふむ。福山君は、面白いものを持っているんだね。どこから手に入れたのかね」
 「それは、ちょっと申し上げかねます」
 「では、これは偽物だと私が言ったらどうするかね。たとえ、何らかの裁判であったとしても、これが盗聴の証拠だと言えるかどうかは分からん。第一、この声の主にしても、場所にしても、特定できる訳がないだろう」
 「では、それを証明する前に、お聞きしたいことがいくつかあります。このテープは、もうお気づきのように、オーシャン・ドリーム号沈没に関わる総理の対応を記録したものです。このテープでも分かるように、あの日まで総理は、オーシャン・ドリーム号の撃沈計画はご存知なかったようですが、その計画を立案し実行したその中心人物は当時の神浜防衛庁長官だったのでしょうか」
 「何を言っているんだ。私は、この件については墓場にまで持っていくつもりだ」
 「もう1点、総理は、P⑦という暗号、コードネームが何を意味しているのかご存知でしょうか」
 「だから、私は、何も答えないと言っているだろう」
 「総理は、先ほど、このテープを2度お聴きになりました。おそらく、その内容に手直しされているところがあることにお気づきになったのではありませんか。オーシャン・ドリーム号の沈没が、事故ではなく故意に沈められたことが発覚するような事態に、仮になった時、おそらく、その実行犯たちは、総理の指示によるものだという責任転嫁のために、このテープを作成し、残したものと私は考えています。だから、実名が出ているところとか、都合の悪い部分は消されていたのでしょう。今後、この事件が明るみに出ることが、ないとは言えません。その時、大志野元総理にすべての責任を押し付ける、そういったシナリオも存在するように思えます。むしろ、今の、私の質問にお答えになることが、総理の汚名返上にまではなりませんが、せめて、本当のことを伝え残そうとしたというささやかな罪滅ぼしにはなるかとは思いますがいかがでしょうか」
 「福山君、何度も言うようだが、私は、この件については、ノーコメントだ。ただ、よくここまでたどり着いたと、その努力に免じて、少しだけ教えてあげるよ」
 大志野は、少し天を仰いだ。
 黒岩は、いよいよ大志野の証言が聞けると、緊張して大志野を見つめた。
 「君の言うように、このテープには、手が加えられている。その前に、こういったものが残されているだろうと思ってはいたが、今、初めて実物を知った。そこでも言っているように、私は何も知らないし、何も知らされていない。不幸な事故だったということで処理されている。君、総理大臣だなんて言っても、どこかの雇われ店長と、そう変りゃせんのだよ。言って見れば、祭りのお神輿だ。だから、私が、この件で、何かを暴こうなどと思い立ったとしても、その証拠があるわけでもなく、立証することはできない。ましてや、その実行した連中が自白するなどということはあり得んし、この件は、永久に表に出ることはない」
 「では、P⑦とは、何を意味しているんでしょうか」
 「だから、私は何も知らないし、知っていても答えない。そういうことだ」
 「このテープも、いつまでも秘匿されたままでいるかどうかは、分かりません。いつかは、多くの国民の知るところとなるかもしれません。そのことは、お含みおきください」
 「君、こんなものが、本当に、私の言葉を盗聴したものだなどと立証できるのかね」
 「では、そのことについて申し上げます。総理は、先ほどから、このテープが『盗聴』されたものだと何度も言われていますが、私は、『盗聴』されたものだなどとは一度も申し上げておりません。ですから、総理が、このテープを『盗聴』されたものだとすぐにご理解されたことで、私は、その確証を得ました。つまり、総理は、このテープが、誰かによる吹き替えだとか、あるいは全くの創作だといったことは言われませんでした。もし、本当にご自分に思い当たるところがなければ、そういったお言葉が出るはずですが、総理は、最初から、『盗聴』だと認識されていました。それは、自分の言葉だとすぐにご理解されたからに他なりません。同時に、それが、正当な手段でなかったことも含めてです。しかし、それは、あくまで、私の直感です。ですから、このテープが全くの架空の物ではないという客観的立証が必要であることは言うまでもありません。では、それをこれから証明いたします」
 福山は、振り返り、柱時計を見た。
 待っていた3時になった。
 時計の時を知らせる音色が、部屋に響いた。
 ボ~ン、ボ~ン、ボ~ン。
 そして、福山は、もう一度カセットの再生ボタンを押した。
 「総理、ここです。この音をよくお聞きください」
 大志野も聞き耳を立てた。
 すると、そのテープから、同じ時を知らせる音が鳴った。
 ボ~ン、ボ~ン、ボ~ン、ボ~ン、ボ~ン、ボ~ン。
 「あの日の夕刻6時、総理は、この部屋で電話の相手とお話をされていましたね。そこにある柱時計は、日本には2つとない珍しい時計のようです。その音色を検証すれば、同じ時計のものだということは、容易に証明できることが、総理であればご理解いただけますよね」
 「君は、この私を脅してどうしようというんだ。何が目的なんだ。金か」
 「総理、私は、何も総理を脅そうなんて大それたことは考えてなどいません。ただ、1つだけお願いしたいことがあります。あのオーシャン・ドリーム号の唯一の生存者である岸本耶須子さんですが、その方に会えるようにお取り計らいいただきたい。それが、今、私の一番の願いです。総理は、自らが決して手を下したのではないかもしれません。しかし、自国民を殺戮することを追認した責任から逃れることはできません。いつしか、必ず、国民からの指弾を受けることになるでしょう。ただ、真実を明らかにする選択は、今の総理にはまだ残されています。よろしく、お取り計らいいただけますようお願いします」
 「福山君、俺は、今まで一度たりとも一日たりとも、その件を忘れたことはない。しかし、俺にはどうしようもなかった。今更、何を言い訳してもどうにもならんがな。ただ、福山君、君に一言言っておく。あの事故、とりあえず事故と言っておくが、あれは、単なる『後始末』ではないということをな」
 「『後始末』ではないと申しますと」
 「いいかね、君は、あの事故の前ばかりを見ていただろう。つまり、原因ばかりを追い求めていた。だが、あれは『始まり』に過ぎんのだ。それによって誰が得をすることになったかだ。それは、その後をよく見ればすぐに分かることだよ。それ以上は、私の口からは言えない。その生存者のことは、まあ、せめてもの罪滅ぼしだという君の言葉を聞き入れることにしよう。それくらいの力は、まだこの私にも残されているだろう。また、連絡させるよ。今日は、いいものを聴かせてくれた。冥途の土産ができたというものだ。はたして、土産になるかどうか分からんがな。まあ、また面白い話があったら聞かせてくれ。君は、なかなか面白い男だ。久しぶりに感動した。確かに、あの時計よりもすばらしい物だったよ。少し話し込んで疲れた。私は、これで失礼する」
 そう言って大志野は、席を立った。
 福山は、庭の椿を眺めた。
 『得をした者って誰だろう。神浜かなあ。だが、そんなに得をしたことになるのだろうか』
 帰りの新幹線の中でも、福山は、海を眺めながら大志野の言葉を思い返していた。
 「私の口からは、何も言えんなんて言っていたけど、結構話してくれたよなあ」
 横で、黒岩がつぶやくように言った。
 「そうだよなあ。黒岩、大志野が言っていたが、俺たち、オーシャン・ドリーム号の真実に近づいていたなんて思っていたが、あるいは、全然思い違いをしていたのかもしれんぞ」
 「どういうことだ」
 「あの事件を仕組んだのは確かに神浜だろうが、しかし、その思惑は、都合の悪い連中を始末するだけではなかったということだよ」
 「それ以上に何があるというんだ。自国民を350名以上も殺戮する以上に、どんな思惑があるというんだ」
 「もっと、恐ろしいことだよ。しかし、それを認識することは、今のわが国の国民には不可能かもしれない」
 「どういうことなんだ」
 「ようやく、東川のおじいの言っていたことが分かってきたような気がする」
 福山は、震えが来るほどに恐怖心がおきてきた。
 「黒岩。帰ったら、俺もできる限り調べるが、大志野が言っていたように、あの事件以降の社会状況を調べてくれ。特に、誰が得をしたのかどうかという視点でな」
 「ああ、分かった」
 「これは、とてつもない事件だぞ。今まで思っていた以上にな」
 福山は、この事件の全容に近づいているなんて安易に思っていたが、まだまだ、奥が深いことを、大志野に思い知らされたような気がした。


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