3. いよいよ、スタート時刻の4時が近づいた。 「では、本番行きます。5、4、3、2・・・」 チーフディレクターの坂田の右手が、前に伸びた。 「みなさん、こんにちは。みなさんの中里喜美恵が、今日も楽しくいろんなニュースをお送りします。ご一緒にお届けするのは、コメンテイターの福山勇一さんです。福山さん、今日もよろしくです」 「はい。福山です。みなさん、毎日本当に暑いですね。でも、私は夏ばて知らずなんですよ」 「そうなんですか。何か秘訣でもあるんでしょうか」 「はい。それは、私の故郷出雲にある中華料理店で、家庭料理風の中国料理で白酒(ぱいじゅう)という中国のお酒を飲むことです」 「なるほど、福山さんらしいですね。でも、横浜と言えば中華街、そんなことを言うと横浜のみなさんに怒られてしまいませんか」 「それは大丈夫です。横浜には私の知り合いがたくさんいて、しょっちゅう顔を出していますから。東○軒の陳さん聞いてますか、また近々寄りますからね」 「福山さん、相変わらずお元気ですね。では、こんな調子で、今日も張り切っていきます。まずは、入りたてのニュースからお届けします」 二人のテンポのある息のあった掛け合いで、番組はスムーズに流れていった。 その日のニュースは、なんと言っても、横浜港南高校の逆転サヨナラゲームで、二人とも熱く語っていた。横浜港南高校が、中盤で6点差をつけられて、もはやこれまでかといったムードが漂い始めた8回裏、一気に同点に追いつき、9回裏にはとうとう逆転サヨナラというまるでドラマのような展開だった。完投した杉山投手は、リードされていても負ける気はしなかったと述べていた。彼の、あの落ち着きは、そういう自信の表れだった。 「間違いなくプロ入りするであろう杉山投手の今後の活躍が楽しみです」 福山は、そう言ってそのコーナーを結んだ。 そして、コマーシャルと歌やあらかじめ録音されたコーナーがあり、一同は、ちょっと息抜きをして、最後の今日の特集へと進んだ。 「お聞きの皆さんもこの時期になると、あの事故を思い出されることでしょう。20年前の夏、8月10日、この横浜港から出港したオーシャン・ドリーム号が、その夜、太平洋に沈んでしまいました。皆さんとともに、亡くなった人たちのご冥福をお祈りいたしましょう」 中里の落ち着いた声で、特集のコーナーが始まった。 「ちょっと、暗いスタートとなってしまいましたが、20年前といえば、私は、まだ小学生だったので、当時のことはあまり記憶にないのですが、テレビで大変なことになったというニュースが流れていたのを微かに覚えています。福山さんは、その時、T新聞の記者をされていて、その事故については、詳しくご存知ですので、ちょっと分かりやすく説明していただきましょう」 福山は、少々緊張しながら、話し始めた。 「その年、横浜大洋汽船が新しく完成させたオーシャン・ドリーム号の、処女航海だったんですね。まさしく、現代のタイタニック号とも言えます。タイタニック号は、氷山との接触が原因で沈没したと言われていますが、ドリーム号は、何らかの爆発物によるものだとされています。当時もその原因は、よく分からなくて、その上、船体は太平洋の深海に沈んでしまいましたから、余計に原因が特定しにくいといったことになっています」 「調査しようにも、船が沈んでしまったらどうしようもないですよね」 「深海調査船を使って調査しようとか、何とかして引き上げようとか言われてもいましたが、いまだに、その具体的な動きはありません。被害者の家族の方々は、政府に調査を求めたりもしていますが、実現には至っていないようです」 「とても難しそうですね」 福山は、どこまで話してよいものかと、考えながら言葉を選んでいた。 「この事故では、いくつかの謎というか、疑問点があります。まずは、ドリーム号が緊急信号を発信してから沈没までの時間が極めて短いという点です。ある程度、脱出する時間があってもいいのですが、爆発してからほとんど短時間のうちに沈没しています。そして、その事故現場の特定が翌朝にまでかかっているという点です。その近くを飛行していたジャンボジェット機の機長が、遠くの雲の下から閃光が見えたといった証言が残されていて、すぐにその機長は管制塔に報告していますから、ある程度位置は特定できるはずです。もう少し早く現場に行けていれば、あるいは生存者がまだ残されていたかもしれません。これは、あくまで憶測ですが。そして、もうひとつは、これほどの大事故にも関わらず、その調査はとても十分とは言えないうちに、何らかの爆発による沈没という結論が出されそれ以上の調査がされなかったことです。その方向が出されたのは、まだその海域の調査が行われていた頃だったように記憶しています。どうして、こんな早くに結論を出すのだろうと思ったものです」 だが、福山は、自らが、一番疑問に思い、一番解決したい部分には、やはり触れることができなかった。 「福山さんも取材が大変だったと思いますが、何かエピソードといったこともありますか?」 「そうですねえ。人間、いざとなったら、少々何も食べなくても頑張れるということが分かりました」 「え? 食べてなかったんですか?」 「食べれなかったんです。自動販売機でジュースやコーヒーを2・3本飲んでいればどうってことないんです。それだけ、緊張状態にあったんでしょうね。でも、決してこれを聞いている人は、そんなことをしてはいけませんよ。あくまで、その時の自分はそうだったというだけの話ですから」 「大変だったんですね」 「でもね、所詮、私たちは部外者なんですよ。その家族や身内にとってみたら、言葉も出ません。でも、当時、私は、それを取材する立場にありましたから、その場所にいた家族の人たちに聞いて回りました。そして、それを記事にしたら、とても多くの人の心を打ったと、後日、その記事は表彰されました。でも、それで、私は記者を辞めました」 中里は、打ち合わせになかった、福山の突然のカミングアウトに驚いた。 「えっ、でも、表彰されたんでしょう」 「そうです。しかし、私の記事は、別にその事故の何らかの原因を解明したのでもなく、別に何らかの真実を伝えたものでもありません。被害者の家族の方の痛みなど所詮その立場でないものには分かりません。もちろん、大変辛い状況にあることくらいは分かりますし、その痛みを和らげてあげようとすることもできるでしょう。でも、今、その人たちの家族が、海の藻屑となって沈んでいく、その事実を受け入れたくもないのに、『今のお気持ちは?』なんて取材をするんですよ。辛いに決まっているじゃないですか。残酷な話です。一番大切なのは、そっとしておいてあげることだと、後になって分かりました。でも、それでは、仕事になりません。だから分かったんです。真実を伝えるなんて綺麗ごとを言いますが、所詮は、紙面をそれなりのものにするためだし、あるいは視聴率を取るためといった、つまりは、儲けのために新聞やテレビは結果的にその家族の人たちを利用したんじゃないかってね。もちろん、伝えることは大切なことで、その時は必死だからそんなことなど考えてなんかいませんよ。後になって、表彰されたりすると、なんか余計にむなしくなってしまって、それで、記者を辞めようと思ったんです」 「そうですか。報道にたずさわる者としては、良く考えなければいけないことですよね。時として、人の心の中に勝手に入り込むようなこともしているかもしれません。本当にそうですよね」 「本当は、真実なんて、遠いところにあるんです。簡単に手に入るような真実は真実なんかじゃありません。見せ掛けの真実に騙されているかもしれないんです。新聞やテレビで、本当に、真実が伝えられているのでしょうか。つまり、目の前のこと、目に見えているもの、そういったことに惑わされてはいけません。物事の奥深くに潜む真実こそが、『本当の真実』だって、最近思うようになったんです」 「『奥深くに潜む真実』ですか」 「ですから、このオーシャン・ドリーム号の事故は、本当は『事件』ではないかってね。まあ、私の思い過ごしであることを願っています。すみません。分かりやすく説明するどころか、余計に分かりにくくしてしまったようですね」 「でも、お聞きになっている人たちにも、福山さんの思いは伝わったんじゃないでしょうか」 「そうだといいんですが」 「ということで、そろそろお別れの時間が近づいてきました。福山さん、今日は本当に、貴重なお話をありがとうございました。私も、一マスコミ人として、よく考える必要を感じました。あるいは、マスコミに関わる人たちだけでなく、お聞きになっている人たちも含めて、ちょっと立ち止まって考えることの大切さを教えていただいたような気がします。では、皆さんさようなら。来週またこの時間にお会いしましょう。中里喜美恵でした」 「福山勇一でした」 エンディングのメロディーが流れてその日の番組は終了した。 「はい、お疲れ様でした」 チーフディレクターが、みんなを慰労していた。 「お疲れ。福ちゃん、いつになく今日はシリアスだったね。何かあったの?」 佐伯澄子が近づいて、耳元でそっとつぶやくように話した。 「ああ、ちょっとね」 「そうなんだ。今日は、どうするの? またみんなで東○軒にでも行く?」 「ごめん、今日は先約が入っているんだ。また次回ということで、勘弁してもらえる?」 「残念ね。まあ、次回のお楽しみということにしておきましょう」 福山は、ショルダーバッグを手にすると、スタジオを後にした。 待ち合わせをしているのは、その黒岩とだった。 福山の中で、あの事故は、やはり『事件』だったのではないかという疑念が、20年後の今、再び大きく膨らんでいくのを感じた。 |
邪馬台国発見
ブログ「邪馬台国は出雲に存在していた」
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