=歴史探訪フィクション=

 人麻呂の怨・殺人事件


第2章

 『出雲古代神殿再建プロジェクト』は、出雲大社の近くにある出雲古代歴史研究所にその事務局が置かれている。
 大泉氏の葬儀も終わり、恵美は今後のプロジェクトの行方に不安を抱きながら、近々開かれる予定の全体会議の資料を整理していた。
 そこには、生前、大泉氏のまとめた報告書もあった。
 『神殿建設予定地の変更による周辺への影響について』と表題がつけられ、主に環境問題に触れていた。
 その神殿は、当初、現在の案よりも出雲大社側に予定されていたが、周辺の混雑が予想されるため、浜に近い今の場所が検討されている。以前の案と同様に、北側の山沿いに建設が予定されているので、高層建築物によくある『日照権』といった問題が生じることはない、とあった。
 そして、一番大きな問題は、その神殿の南側に密集する家並みに対するプライバシーの問題だとしていた。神殿やそこに上る階段から、その周囲の家を見下ろすことになる。日中、相当な数の人々による、至近距離からの視線を覚悟しなければならない。そのようなことに、周辺の住民から同意を得ることは、かなり難しいといったことが書かれている。それを避けるために防護壁を設置すれば、その神殿の最も重要な見晴らしの良さが失われるともある。
 その他、いくつか、大泉氏による調査結果がまとめられていた。
 大泉氏は、理事として「推進の立場」だったが、同時に、安易に事を進めようとするのではなく、十分注意すべきところも指摘している点は、その責任感の表れだと恵美には思えた。
 その次には、同じく理事で、出雲市の財政課課長補佐でもある森山秀雄氏の財政計画(案)も出されていた。まだ詳細な設計図面も出来ていないので、概算での見積もりといったところだった。
 それによると、諸経費も含めて土地の買収や建設等に関わる総工費はおよそ150億円としていた。国や県からの補助金がおよそ50億円が見込まれているものの、残りの100億円は出雲市で捻出しなければならず、今の財政事情からするとその殆どは借り入れとなると書かれている。その利息を考えるとおよそ150億円を返済していかなければならない。

 また、オープン後には、出雲大社参拝者も含め、全体で年間300万人の人出を見込んでおり、そのうち、神殿に訪れるのが100万人、入場料を大人1000円、小人500円としており、総収入を年間7億円と見積もっている。年間の維持費を1億円とすると、6億円が経常利益となり、一般会計から2億円を返済に充てることが可能であれば、およそ20年で償還できるといった計画だった。
 しかし、恵美には、ざっと見ただけでも、少々疑問に思うところがあった。
 どちらにしても、この財政計画(案)は、今後プロジェクトや、県・市においてもさらに検討が加えられることになるだろう。
 恵美が、それらの資料の整理を終わろうとした頃、祐介が現われた。
 「恵美さん、本当に大変だったね。この前は、その慌しい時に取材させてもらって悪かったよ。どうしても、聞きたかったもので」
 「それはいいんだけど、その後、事件はどうなってるんでしょうね」
 「さっき出雲署に寄って来たんだけど、警察は、個人的な怨恨の線で捜査をしているようだ。周辺の聞き込みや目撃者探しもしているようだが、今のところ有力な手がかりはないみたいだよ」
 「そうなの。早く解決して欲しいわ。まさかとは思うけど、プロジェクトがらみだとちょっと困るのよ」
 「警察は、プロジェクトとの関連はあまり重視してないみたいだよ」
 「そうだといいんだけどね」
 「僕も、そう願っているんだけど、あの犯人の残したメッセージからすると、単なる個人的怨恨とも思えないんだよ。だからと言ってプロジェクトがらみなのかどうかも、良く分からない」
 「そうよね」
 「警察からは、その後何か言ってきてないかい」

 「特には」
 「とにかく、今のところ、唯一の手がかりは、あのメッセージということになるんだよ」
 「万葉集の第2首ね」
 「しかし、事件の次の日に君から聞いたように、あの歌が奈良で詠われたとすると、被害者と奈良と何か関係があるのかもしれない。警察も、そのあたりを調べているようだが、それらしい手がかりは無いようだ。まだ捜査の途中だろうから、あるいは今後出てくるかもしれないけど、どちらにしても、その歌の解釈が、今、重要なカギとなっているように思うんだよ」
 「確かにそうかもしれないわね」
 「そこで、僕は理系だから、万葉集の理解は、ほとんど趣味の域を出ない。近いうちに時間を取ってくれないだろうか。詳しく教えて欲しいんだよ」
 「先日も言ったように、私は万葉集の解釈はそんなに詳しくはないのよ」
 「少なくとも、僕よりは詳しいだろう」
 「そうかもしれないけど、では、2日後の金曜日にプロジェクトの会議があるから、土曜日の午後ならいいわよ」
 「ありがとう。助かるよ。そうか、そう言えば金曜日は、プロジェクトの会議だったよ。じゃあ、金曜日にまた来るよ」
 「9時開会だからね」
 「分かった」
 祐介が帰って、恵美は、しばらく事件のことを考えていたが、プロジェクトとの関連がないことを願うばかりだった。
 ・・・でも、あの万葉集第2首と、どういう関係があるのかしら。   



                                


  邪馬台国発見


  ブログ「邪馬台国は出雲に存在していた」


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