=歴史探訪フィクション=

人麻呂の怨・殺人事件

第8章 (2)

  恵美は、祐介が休んでいる間に、そこから見えている社務所を訪れた。
  「とても綺麗なお庭ですね」
  「ありがとうございます」
  若い神職が座っていたので声をかけた。
  「滝も古くからあるんですか?」
  「一時は枯れていたようなんですが、今は手入れをしながら維持しています」

  「そうですか」
  もう少し、滝について聞こうかとも思ったが、循環形式に関することまでは、触れにくかった。
  そして、そこに置いてあるパンフレットを一枚手にして、以前から疑問に思っていたことを訊ねてみた。
  「あのう、出雲国造家は、千家さんと、こちらの北島家さんとに別れて今に至るとお聞きしているのですが、いつ頃別れたのかお分かりになりますでしょうか」
  「南北朝時代だと聞いております」
  出雲大社を挟んで西に千家が、東に北島家が位置している。
  あるいは、出雲大社ができた頃からこの地に存在しているのかもしれない。
  恵美は、そのパンフレットを眺めながら話をしていたが、ふと川の名称に目が行った。
  『これ、何て読むのかしら』
  吉野川と思われる川の名称が、『能野川』と記載されていた。
  歴史の古い北島家だから、あるいはこの川にも異なる名称が伝えられているのかもしれない。
  恵美は、まさか『のうのがわ』などと読まないだろうから、出雲の象徴である『熊野』にちなんで、その当て字で『能野川』と書かれているのだろうかとも思った。
  「この川は『くまのがわ』と読むんですか?」
  「いえ、『よしのがわ』と読みます」
  「えっ? 『よしのがわ』ですか」
  「はい、そうです」
  恵美は、ここ北島家には、出雲の古い歴史が今にまで伝えられているのだろうと、その片鱗を見た想いがした。
  恵美が池の袂へもどると、祐介は滝の写真を撮っていた。
  「足は大丈夫?」
  「まだ痛いけど、歩けないことはないよ。さあ、行こうか」
  祐介は、少し足を引きずるようにしながら歩きだした。
  「さっきね、社務所で、また新たな発見があったわ」
  「どうしたの。何か聞いていたみたいだけど」
  「ほら、これ見て」
  恵美は、祐介に先ほどのパンフレットを手渡した。
  「これがどうかしたの?」
  「ほら、この川の名前、読める?」
  「ええ? 何だろう」
  「『よしのがわ』と読むそうよ」
  「これで『よしのがわ』と読むんだ。変わった文字が使われているんだなあ」
  「おそらく、古来より、北島家には、この文字が伝えられていたんでしょうね」
  「なるほどな」
  歩きながら、祐介が、そこにある地図を眺めていると、山の方に神社が描かれていた。
  「こちらにも、神社があるみたいだよ。行ってみようか」
  「そうね」
  その手前まで行くと、あまり大きな神社ではなさそうに見えた。
  すると、その道沿いにお年寄りが立っていたので、祐介はチャンスだと思って近づいた。
  「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが」
  「はい、なんでしょう」
  「そこの山に神社が見えますが、その先はどこかに通じていますか」
  「いや、あの神社があるだけだよ」
  「そうですか、ありがとうございます」
  割と気さくな感じに思えたので、祐介はさらに聞くことにした。
  「ところで、そこの北島家さんのところには滝がありますが、どうもポンプで循環させているようですね。以前は、どうなっていたのかご存知ないでしょうか」
  「あの滝は、わしが子どもの頃は、吉野川の上流から水を引っ張ってきていたよ。でも、いつの頃か、そういった手入れをする者がいなくなったのか、しばらく滝も消えていた。その後、また滝は復活したが、ちょっと低くなったかな」
  「そうでしたか。どうもありがとうございました」
  恵美も軽く会釈をしてその場を離れた。
  「なるほど、川の上流から水を引いていたのか。えっ、でも、どうやって?」
  「佐田君は、どこか山の方とかに行って、板で作った水路を見たことがないかしら」
  「ああ、水車から汲み上げた水を運ぶようなのを見たことがあるよ」
  「横に流れている吉野川は、山の方まで続いているわ。滝の上に川のあった形跡が無かったということは、おそらく、そういった板で作った水路で、吉野川の上流から水を引いていたんじゃないかしら。実際、流れ落ちる場所には石を置いてその間から水を流せば、それらしく見えるわよ」
  「そうか。なるほど、そうやって滝が造られていたのかあっ、そういえば・・・」
  「どうしたの?」
  「先ほどの滝の反対側にも、斜面に沿ってホースが伸びていたんだよ」
  「反対側にも?」
  「滝の右側に、池と繋ぐホースがあったんだけど、その左側にもホースが見えていたんだ。その時は、どういうことなのかよく分からなかったけど、それって、今でも、そのホースを利用して川の上流から水を引いているのかもしれないよ」
  「なるほどね」
  「上流からの水が少ない時とかに、循環させているのかもしれないよ」
  「そうね。循環だけだと、水不足に陥ってしまうかもしれないものね」
  「ちょっと納得だね」

  そして、二人は、近くにある「命主社(いのちぬしのやしろ)」という神社に向かった。
  そこからは、太刀が出土しており、恵美は一度見ておきたかった。
  神社の入口付近に数名の主婦が立って何かしゃべっており、その神社の方から杖をついたお年寄りが出てきた。
  「人麻呂のおじいちゃん、さようなら」
  「さようなら」
  「またお話を聞かせてね」
  主婦たちが挨拶を交わしている。
  そして、そのお年寄りが、こちらの方向に向かって歩いてきて、二人とすれ違いながら軽く会釈をしたので、恵美も会釈を返した。
  「知っている人?」

  「面識はないけど、以前、研究所に来てプロジェクトの資料を見ていた人よ」
  「そうなんだ。てっきり知り合いかと思ったよ」
  「話をしたこともないわ。でも、『人麻呂のおじいちゃん』と呼ばれてたわよね」
  「そうだったね」
  恵美は、近くにいるその主婦に尋ねることにした。
  「すみません。あのお年寄りの方を『人麻呂のおじいちゃん』と呼んでおられたようですが、どうしてなんでしょうか。ちょっとお見かけしたことのある方なもので」
  「ああ、さっきのおじいちゃんのことね。時々この命主社にいらっしゃるんだけど、どうもここを柿本人麻呂の墓だと思っているみたいで、そんなこと言ってらしたわ。名前までは知らないから『人麻呂のおじいちゃん』て呼んでいるの。見た目はかなりお年寄りだけど、声はまだまだ若々しい方よ」
  「そうですか、ありがとうございました」
  二人は、命主社の参道へと入った。

  命主社本殿の背後には墓のあった形跡もあり、そこは『真名井遺跡』と呼ばれている。1665年に、大石の下から、銅戈と勾玉が発見された。剣や矛も発掘されたともあるが、それは残されていない。大石の下と言われているが、あるいは、古墳の副葬品だったとも考えられる。
  「かなりの人物が葬られていたのかもしれないわね」
 
「そうだよなあ」
  「でも、人麻呂の墓だと言っていたあのお爺さん、いったい誰なんでしょうね。きっと、かなり古代史の事情に詳しい人よ」

  「只者ではないってこと?」
  「ちょっと気になるわね」
  二人は、もう少し東にある『真名井の清水』を見て、大社へ折り返した。

  そして、再び、北島家に近づいた辺りだった。
  「佐田君、小鳥のさえずりが聞こえるでしょう」
  「そうだね。静かな中、そこの山から聞こえてくるよ」
  「今ふと思ったんだけどね。吉野が詠われている歌の中に、『み吉野の象山(きさやま)の際(ま)の 木末(こぬれ)には ここだも騒く 鳥の声かも』という歌があるのよ」
  「へぇ。その歌は知らないな」
  「美しい、落着いた吉野の情景を詠っているの。私、ちょうど、この辺りで詠われているように思うの」
  「この辺りでかい?」
  「そこの山から小鳥のさえずる声がこだましているでしょう。そして、歌にある山は、象の山と書いて『きさやま』と読ませているの」
  恵美は、先ほどの北島家へ再び足を運んだ。
  「ほら、あそこに滝が見えるでしょう。その辺りが頭の部分よ。この位置から、山を見て。象が伏しているように見えない?」
  「そう言われてみれば見えないことはないけど。でも、象なんて動物を知っていたのかなあ」
  「正倉院に残されている聖武天皇の遺品の中に、豪華な囲碁盤があるのよ。そこには、象牙で象の姿が描かれているわ」
  「なるほど。ということは当時の人が象を知っていたとは言える。でも、それを知っていたのはごく一部の人に過ぎないだろう」
  「そう、きっと、その聖武天皇を含めてごくごく限られていた人たちでしょうね。その人物が、この位置から見た風景を、その歌に残していると考えられないかしら」
  「可能性はないとは言えないけど、すごい発想だよな。どこまで万葉集の歌の解釈は広がっていくんだろう。もう止まるところを知らないといった感じだね」
  「一つのことが分かったら、また次へと、どんどんつながって見えてくるのよ」
  「そうなると、万葉集の新解釈の本が出せるよ」
  「それは、どうか分からないけど、佐田君まだ時間はある?」
  「ああ。大丈夫だけど」
  「ちょっと、そこの研究所まで付き合ってくれないかしら。万葉集や、事件との関連について、ちょっと調べたいの」
  「いいよ。それは、楽しみだ」
  祐介は、足の痛みも忘れて研究所へと向かった。
  ・・・恵美さんは、どんな解明をしてくれるのだろう




                                  


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