=歴史探訪フィクション=

人麻呂の怨・殺人事件

第8章

  「秋の海岸って、なんか寂しいよね」
  「夏は海水浴客で賑やかだけど、今の時期になると滅多に人は来ないしね」

  二人は、稲佐の浜にやって来た。
  「森山理事が殺害されたのがここだよ」
  「どうして、この場所だったのかしら。それも、夜中の九時頃によ」
  「森山理事がたまたまここに来たとは考えにくいから、おそらく犯人がここへ呼び出したんじゃないかな?」
  「でも、どうしてここを選んだのかしら」
  「人が来ないから?」

  「そんな場所なら、他にいくらでもあるわ」
  「そうなると、犯人の残したメッセージから読み取るしかないなぁ」
  「人麻呂の歌ね。万葉集の歌との関わりを解明しない限り、この事件の謎は解けないみたいね」
  二人は、稲佐の浜を後にして、道を隔てたすぐ近くにある仮の宮(上の宮)へ向かった。
  狭い路地を入っていくとまず下の宮がある。
  「下の宮は、天照大神が奉られているんだよねえ」
  「そうね」
  「でも、道端の小さな祠ってのは、余りにもささやかな佇まいだよな」
  「確かに、今は路地裏にひっそりと建っているけど、それは家が密集しているからで、古絵図を見ると、この辺りは海岸沿いで周辺に家はなかったようよ」
  「じゃあ、以前は、西に見える海を望むように建てられていたのか」
  「日御碕神社とも似ているわね。上の宮である神の宮にスサノオ尊が、下の宮である日沈宮に天照大神が奉られていて、海に面して建てられているわ」
 「西の海に何らかの思いでもあったんだろうか」
  「どうなんでしょう」
 そうこう話している内に、二人は奉納山の下に位置する仮の宮に到着。
  「ここで、大泉さんが、刺殺されたんだよな。仮の宮の主祭神は、スサノオ尊と八百萬の神々、とあるよ」

  「ここに、毎年、全国から神々が集まるのよね。来月には、その神在祭が執り行われるわ」
  「犯人は、そういったことと、何か関連させようと考えているのかもしれない」

  毎年、旧暦の10月10日の夜に稲佐の浜で神迎祭があり、翌11日から一週間、仮の宮で神在祭の神事が催され、その間、周辺の住民も、大工仕事はしない、大きな音楽は流さないと、静粛にしている。そのため、地元では『御忌祭』とか『お忌みさん』とも言われている。
  「ほとんど法事か葬儀といった神事だよね。年に一回集まるのだから、もっと賑やかにすればいいのにと思うんだけど」

  「一度、そういったことを学芸員に聞いたことがあるの」
  「何て言っていた?」
  「本来、祭りとはそういうものなんだって。でも、五穀豊穣を祈願して行われる神社の秋祭りなどとは、全く異質なのよね」
  「絶対、隠された何かがあるよ。じゃあ、大社(おおやしろ)へ行こうか」
  奉納山のふもとの狭い路地を抜け、東へ向かった。
  「この奉納山を神殿建設のために削り取り、周囲にある神社も移設するとあったが、当初はそうじゃなかったんだよね?」
  「始めは、もっと大社に近かったわ」
  「どうして、わざわざ遠くに離したんだろう。近くの方が何かと都合がいいと思うんだけどなあ」
  「余り近くだと混雑する、というのが理由みたいだけど」
  「混雑するのは、今もそうだろう。正月なんて、出雲一帯の道路は大渋滞だよ。どういった経過で、その案は出てきたんだろう」
  「そこまでは分からないわ」
  「とにかく、この辺りから階段を登り、あの東に見える山の手前あたりに神殿が建つ訳だ」
  「そうね」
  二人は、その場所に計画されている神殿の姿を思い浮かべながら、大社に向けて歩きだした。
  「奉納山の鳥居は下からでも見えるんだね」
  「斜面ぎりぎりに建てられているからね」
  「でも、頂上は見えないよな」
  「そうね」
  「じゃあ、持統天皇は、どうやって『白妙の衣』を見ることが出来たんだろう。おそらく、頂上にあった神社で、神官の白装束が干してあるのが見えたということだと思うんだけど」
  「佐田君、この前、『天の香具山』が奉納山でなければいけないと言った理由は、そこにあるのよ。まず、およそ七十メートルの奉納山の頂上を見ることができると言えば、それより高くないといけないわ。そして、女性の持統天皇がそれほどの高さに位置する場所と言えばもう分かるでしょう」
  「何処?」
  「今、何について話していたのかしら」

  「あっ、そうか、神殿だ」
  「百メートルはあったかと言われている神殿で持統天皇はあの歌を詠んだのよ。おそらく、初めてそこに上った時に詠まれたんだと思うわ。気候も清々しい初夏の頃、日ごろ見えない景色が眼前に広がるのよ。心地よい風が吹き、美しいこの列島の都を一望にしたその時の感動を歌にしたのだと思うわ」
  「なるほど」
  「だからね、『天の香具山』である奉納山の頂上は、持統天皇がその高層の神殿にいなければ見えないの。逆に、その神殿から見える天の香具山は奉納山でなければいけないのよ」
  「そうだったのか。では、もし、奉納山が残されていなかったら真実にたどり着けなかったのかもしれないよな。今にまで大切に奉納山を残してきた出雲の人たちには感謝しないといけないね」
  「そうよね」
  大社の手前にまで来ると、左手に広い場所があった。
  「この辺りに神殿を建てたら、ちょうどいいと思うんだけどなあ」
  「そうよねえ」
  そして、大社の横を入り、ちょうど本殿の真西に当たる場所に来た。

  「恵美さん、ここ見てよ」
  「何?」
  「本殿にある神座は西を向いているから、この場所が神座の正面になると書いてあるよ」
  「そうなのよ。参拝者は、拝殿から本殿に向かって拝んでいるんだけど、祭神の大国主命は横を向いているのよね」
  「つまり、そっぽを向いている神様を拝んでいるということになるね」
  「だから、ここが正面になるということで、ここにも拝殿場所が設けてあるのよ」
  「何か変だよな。どうして、正面を向けないんだろう」
  「私も調べてみたんだけど、間取りの関係とあったわ」
  「間取りの関係? 本当かなあ。何か他に理由があるように思えるなぁ」
  「どうなんでしょうね」
  二人が本殿の裏に回ると、素鵞社(そがのやしろ)があった。
  「本殿よりかなり高い場所に建てられているんだね」
  「そこにはスサノオ尊が奉られているのよ。そして、拝殿から真正面に位置しているから、参拝者は、本殿で横を向いている大国主命ではなく、この素鵞社に奉られているスサノオ尊と向かいあっていることになるのよ」
  「じゃあ、拝殿に来た参拝者は、スサノオ尊を拝んでいるんだ」
  「そうとも言えるわね」
  二人は、そこから拝殿の辺りにやってきた。
  「やっぱり、大国主命が奉ってあるから提灯に『大』のマークがあるよ」
  「他によく見かけるのは『剣花菱』で、出雲国造家の神紋よ。正方形に近いから『剣花角』とも言われているわ。あまり見かけないけど、大社の神紋は、『有』らしいの」
  「有って、有限会社の有?」
  「そう。何でも、その文字は十月を意味しているみたいよ。十と月を併せると有になるでしょう」
  「なるほど、よくできた話だ」
  二人が、大社の東へと移動すると、そのすぐ横に狭い川が流れていた。
  「おそらくこれが吉野川よ」
  「これが? 川というより側溝に近いよ。本当にこれが吉野川なんだろうか」
  「位置関係からすると間違いないわ。おそらく万葉集に詠われた吉野川だなんて認識がないから、今の時代の工法で整備されてしまったのね」
  その川は、石垣やコンクリートで護岸工事が施されていた。
  祐介は、確かめようと近くにいた大社の関係者と思われる人に訊ねた。
  「やはり、これが吉野川だそうだよ。ちょっと残念だよな。滝は、そこを行ったらすぐだって」
  二人が、滝のあると思われる場所へ行くと、そこには『出雲教』と表示されていた。
  門を通り抜けると、すぐ左手に、手入れの行き届いた庭があった。
  「恵美さん、滝だよ。滝があったよ」
  「そうね、綺麗な滝ね」
 芝生の庭の背後に池があり、滝は、山の斜面のおよそ五㍍ほどの高さから、池に流れ落ちており、その滝つぼとなっている池は、そんなにも広くはないが、落着いた風情があった。

  二人は、池の畔から、しばらく、その滝を眺めた。
  「かなり、歴史を感じさせる佇まいだよね」

  「結構、古そうよね」
  「山の中ほどの斜面から流れ落ちているし、その上や周辺には木々が生い茂っているから、歌の通りの情景だよ」
  「そうね、馬酔木かどうかは分からないけど、詠われている景色と一致するわね」
  「間違いないよ。これが万葉集に詠われた吉野の滝だよ」
  「そうかもしれないわね」
  恵美も、その佇まいから、ほぼ間違いないように思えた。
  しかし、同時に、どこかあまりにも簡単に行き着いたことに違和感を覚えた。
  根拠は無いのだが、まだ、何かありそうだと恵美には思えた。
  「以前は島だったのだから、おそらく海からも見えたんだろう」
  「それにしては、滝の高さがちょっと低すぎないかしら」
  「えぇっ。そう言われてみればそうかなあ」
  「とても綺麗なんだけど、『滝もとどろに 落つる白波』と詠われていたにしては、水量が少ないようにも思えるのよ。あの歌からは、もう少し大きな滝といったイメージがしたのよね」
  「山の中腹から流れ落ちているだろう。ということは、そこから清水が湧き出ているということになるよ。じゃあ、その流れが変わったのかなあ。ちょっと待ってて」
  「佐田君、何処へ行くの?」
  祐介は、滝に近づき、山肌を登り始めた。
  流れ落ちる辺りから、さらに、その上の方までよじ登っていた。
  恵美は、祐介が落ちないかとか、誰か来たりしないかとひやひやしながら見ていた。
  しばらくして、祐介が降りてきた。
  「急に斜面を登ったから足を痛めたようだ。ちょっと座らせてもらうよ」
  そう言って、祐介は近くに設置してあるベンチに腰掛けた。
  「大丈夫?」
  「ああ、大したことはないよ。でも、すごいことが分かったよ」
  「何が?」
  「あの滝の水は、循環させているんだ」
  「循環って、どういうこと?」
  「池の水をポンプで吸い上げ、ホースであの滝のところまで運んでいるんだよ」
  「ええっ、自然の滝じゃないの?」
  「人工の滝なんだよ」
  「どういうことなのかしら」
  「今見たら、滝に長年洗われていたと思われる斜面があの上にまで続いていたんだ」
  「ええっ」
  「おそらく、今の倍ほどの高さがあったんじゃないかな?」
  「じゃあ、想像していた高さと一致するじゃない」
  「そうなんだ。その上は平地になっているから、おそらく間違いなくその辺りから滝が流れ落ちていたと考えられるよ」
  「でも、川とかありそうだった?」
  「川があったような形跡はなかった。でも、確かに滝はあったはずだよ。あの斜面の具合は、相当古くから水が流れていないとあんな風にはならないよ」
  「確かに滝はあったけど、今はポンプで循環させている。過去にも滝はあったと思われるけど川があったような跡はないのね」
  「また新たな謎が出てきてしまったよ」
  そう言いながら祐介は足をさすっている。




                                  


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