持統天皇は、何に感動?
春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣干したり 天の香具山
万葉集第1巻第28首に登場する持統天皇作と言われている歌です。この歌も有名ですから、みなさんもよくご存知のことだと思います。
通説では、持統天皇が奈良大和三山の中心あたりにあった藤原京の大極殿から香具山を眺めながら詠ったとされています。その大極殿とされている場所から香具山までは、1キロメートル以上はあります。普通、それだけの距離が離れていますと、山の上に何が干してあるのかなんて見えません。持統天皇が『千里眼』でもなければ、見えるはずのない距離です。どうやって、『白妙の衣』が干してあるなんて分かったのでしょう。
それはさて置き、私がこの歌について何時も思っていたのは、持統天皇がいったい何に感動したのだろうということでした。歌を詠むというのは、日記をつけるということではありません。そういった側面もあるのかもしれませんが、わずか31文字の中に、その詠み人は何かを詠い込みます。それは、季節であったり、風景であったり、人であったりと千差万別ではありますが、そこからはその詠み人の思いが何かしら伝わって来るものがあります。
しかし、この歌では、持統天皇が何に感動し、何を伝えようとしているのかがどうしても理解できませんでした。つまり、何らかのモチーフがあるはずなんですが、それがよく分かりません。
『春過ぎて 夏来たるらし』
春が過ぎて夏が来るのは当たり前のことです。今さら歌に詠むほどのことでもありません。季節感を詠っているということなのかもしれませんが、あまりにもストレートすぎます。
その夏が来ることによって、何かがあったとすれば理解も出来ます。
『白妙の 衣干したり』
春でも夏でも衣は干します。それが、『天の香具山』に干してあったからどうだというのでしょうか。そのことに、何か大きな意味でもあるのでしょうか。
その上、通説の解釈では、奈良で見たあの大和三山の香具山です。あの何の変哲も無い香具山を見て、何をどう感動したというのでしょうか。
さらに、何が干してあるのかなど、見えるはずもないほどの距離が離れています。
私には、これが持統天皇の詠った歌として万葉集に残されるほどの歌なのだろうかといった疑問が解決されることなく、消えることなく心の片隅にありました。
皆さんは、この歌にはどんな印象をお持ちでしょうか。
私のその疑問は、『天の香具山』が出雲大社の西にある『奉納山』だった、というところから紐解かれていきました。
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