10. 「この国には、悪魔が住んでいる」 「何だって?」 福山は、東川の言葉を思い出した。 「悪魔だよ。まさしく悪魔がいる」 「何を急に言い出すんだ。そんなわけの分からんことを」 「ああ、悪い悪い、ちょっとな、似たような話を聞いたもので。それで、これが、そのテープか」 「そうだ。聴いてみるか」 黒岩は、そう言って、ヘッドフォンを福山に渡した。 福山は、聞こえてくる会話の内容を把握しようとしたが、雑音が多くて聞き取りにくかった。 「分かりにくいな」 「最初は、よく聞き取れないが、次第に声も大きくなるので、分かるようになるよ」 黒岩の言うように、初めはボソボソと話しているようだが、声が大きくなるにつれてはっきりと内容が分かってきた。 『・・・だから、そんなことにどうしてなったんだ。そんな責任まで俺が取ることになるのか。まずは、防衛庁長官だろう。・・・そんなこと知るか。・・・そんなことがバレたら、俺の首が飛ぶだけでは済まんぞ。駐日アメリカ大使に至急連絡を取れ。それからまた連絡しろ』 そこで、空白になった。 福山は、一旦テープを止めた。 「黒岩、これはどういうことだ。この声には聞き覚えがあるぞ。まさか・・・」 「俺も、まさかと思ったが、話の内容からすると、当時の橋塚内閣官房長官か大志野総理だが、橋塚長官の声とは全然違う。このダミ声は、間違いなく大志野総理だろう」 「では、官邸の総理の部屋で録音されていたということか? そんなことがあるはずないだろう」 福山は、このテープの真偽がはたしてどうなのか疑問を持った。 「どちらにしても、秘密裏に録音されたということだ」 「それは、盗聴じゃないか。総理が盗聴されていたというのか。それじゃあ、黒岩、これはまるで、アメリカのウォーターゲート事件だ」 「ウォーターゲート事件は、政権党による野党の盗聴だったが、1国の総理が盗聴されていたとなると、そんなレベルではなくなる」 福山は、にわかには信じられなかった。 「まあ、続きを聞いてみろよ」 福山は、テープの再生を始めた。 『・・・それで今はどうなっている。・・・何っ、機関士が1名死んだだと。船は、船はどうなんだ。・・・んん? ・・・・んん。後部が浸水して傾いているのか。沈没の危険はどうなんだ。・・・そうか、沈没はしないんだな。しかし、まあ、パニックになるわな。では、とにかくただちに乗員・乗客を救助することだ。・・・何だと、・・・そうだよ。こんなことが明らかになったら、確かにただではすまんな。死亡者が出たとなると、その経過も含めて釈明しなければならん。・・・そういうことだ。駐日アメリカ大使はどう言っている。・・・そうだろうな。日米同盟そのものにまで批判が及ぶことになるかもしれん。どんな影響が出るか計り知れんな。・・・だからなんだ。・・・そんなことなどできやせんだろう。・・・証拠隠滅だと。・・・何を馬鹿なことを。・・・1名亡くなったが乗員・乗客総勢351名という証人がいるんだぞ。消すことなどできるわけがない。・・・何だと、お前正気か。口封じなどできるか。・・・それは、そうだ。きっと、大騒ぎをするだろう。・・・何だと、お前らは、俺を殺人者に仕立て上げるつもりか。そんな指令を出せるわけがないだろう。・・・何を馬鹿なことを。・・・俺を脅す気か。・・・そんなことをするために俺は総理になったのではない。・・・なるほど、そういうことか。しかし、俺にはそんな指令は出せん。・・・まあ、それはそうだ。このままだと政権だけでなく、すべてがぶっ壊れるかもしれん。・・・ああ、そうだな。・・・そうするしかないか。だが、すべてを消せるのか。・・・もちろん、俺がそんな指示をしたことも含めてだ。・・・絶対に洩れないだろうな。・・・んん〜、やむを得んか。だが、俺は何も知らなかった。後で報告を聞いたんだ。いいな。今後も含めて、そういうことだ。これは不幸な事故だった。そういうことで始末しろ』 ここで録音は終わっていた。 福山は、しばらく、声も出なかった。ヘッドフォンを外し、ビールを一口飲んだ。 「これは、どこで盗聴されたんだろう」 黒岩が、つぶやくように言った。 「官邸の総理執務室だと、その関係者が周辺にいるから電話ではなく対話となっているだろう。それに、あの日は、もう盆前の夏休みに入っているから、おそらく大志野総理の別荘ではないだろうか。背後に何か物音がしないか聞いていたんだが、騒音も車の音らしきものも聞こえなかった。かすかに時計の音が6回聞こえた。つまり、6時だ。時間的にも合っている。おそらく誰も周囲にはいなかったんだろう。結構な声を出していた。そうなると、きっと、熱海の高台にあるあの総理の別荘だ。あそこだと、周辺には、何もない」 「なるほど。だが、その確証もないし、あの総理に似た声で創作されているかもしれん」 「そんなものを自衛隊が密かに保存なんかするのか。まさか趣味による収集でもあるまいし」 「あるいは、何らかの情報操作のためとか」 「どちらにしても、その真偽は今のところ分からん。だが、仮にそのテープが本物だとしたら、オーシャンドリーム号は、魚雷実験による事故隠しのため、そしてその生き証人である乗員乗客の口封じのために、間違いなく沈められたということだ」 今、福山は、20年前の謎が明らかになり、あの時以上に怒りがこみ上げてくるのを感じた。 「それも、日米同盟の維持に支障が出ないようにということのためにだ」 「米軍と自衛隊、そして総理の指示により日本国政府が351名の自国民を殺したという卑劣なテロだ。黒岩、まさしく、この国は、世界屈指のテロ国家になったということだ」 わが国にあっては、憲法9条や非核3原則、あるいは武器輸出禁止といった平和国家を目指すという政府が唱えてきた立場は、国民を欺くための単なるお題目であるかのように福山には思えた。 「だがな黒岩、俺は、ちょっと気になることがあるんだ」 「何が?」 黒岩が、首を傾げながら福山に応えた。 「オーシャン・ドリーム号は、ほぼ間違いなく魚雷実験による事故隠しのために沈められたことに間違いはないだろう。だが、そういった実験をだ、もう日暮れも近くなってから始めるだろうか。通常だと、午前中や午後の早いうちに行うように思うんだ。あくまでも憶測だけどな。夕方の5時を過ぎてから実験をして、その機材やデータの収集をしていたら夜になってしまう。それから帰還するとなるとその日のうちに帰れるかどうかも分からない」 「まあ、それもそうかな。何か理由があったのかもしれんが、何とも言えん」 「それと、あの電話の相手は誰なんだろう。防衛庁長官じゃないことは確かだ。話題にしていたからな。となると、官房長官の線が濃い。しかし、その口ぶりでもないように思える。俺は、おそらく秘書官の一人ではないかと思う」 「そうかも知れんな」 「だが、そうなると、単なる一秘書官の対応とは考えにくい。総理は、最初は、乗員・乗客の救助を指示しているが、それに従うどころか、逆に総理を証拠隠滅のために動くように誘導している。それも総理は『俺を脅すのか』と言っていた。とても、ただの秘書官の対応とは思えん。それに、総理は、『お前ら』とも言っていた。きっと、何らかの背後関係があるはずだ」 「お前が何を言いたいのかよく分からんが、確かに、何か強い立場を感じたのは確かだ」 「つまりだ。オーシャン・ドリーム号ほどの大型客船を、トラブル発生後、ただちに沈没させるような大事件をだ、ほんの短時間で為しえるのかどうかということだ。そして、その隠蔽工作もほとんど完璧に行なっている」 「まさか、総理も知らないところで準備されていたというのか!」 「あまりにも、手際が良過ぎるんだよ。わが国の政府に、突発的に起きたことに対して、そこまで危機管理能力があるとは思えん。それも、政府の主要閣僚が休暇に入っている時期にだ。殆ど、何らかの作戦行動といったように、あらかじめ計画されたシナリオに沿って行われたと思えてきた。むしろ、その間隙を狙ってのことだったのかもしれん。ほとんど、クーデターに近い」 黒岩も、福山の言うことが分からないでもなかったが、何とも確証のない話でしかない。 「そうだなあ。確かに、でき過ぎていると言えば、そうかもしれん。その後の進行も隠蔽する方向で徹している」 「この事件、あるいは、とてつもなく奥が深いのかもしれん。とりあえず、俺は、まずは、このテープの真偽を確かめる。それと、黒岩、あの船の乗客や当時の社会状況などをもう一度よく調べ直してくれないか。だが、一番の疑問は、その盗聴器を仕掛けたのは誰かということだ。首謀者とその実行犯。まあ、実態が分かってきたら、そういったことも見えてくるだろう。また、何か分かったら連絡してくれ」 「よし。分かった」 福山の目は、二人で真相を追いかけたあの頃に戻ったかのように緊迫感が漂い、黒岩も、身が引き締まってくるのを感じた。 |
邪馬台国発見
ブログ「邪馬台国は出雲に存在していた」
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