オーシャン・ドリーム号の悲劇 船 ・・・20年目の夏
11.
 「社長、出雲行きのチケットを取っておきました。ここに置きますね」
 
進木雪絵が、福山に言われていた新幹線と特急の切符をデスクに置いた。

 「ありがとう。出雲で、また1週間ほど予定がビッシリと入っているよ」
 「今回は、出雲観光物産から依頼のあったオリジナル缶ジュースのデザインもですが、他にもいろいろ予定が入っているみたいですね」
 「夜も殆ど毎日飲み会だよ。出雲市や観光協会、歴史研究会などなど、体が1つではとても足りないよ」
 「大変ですね。でも、私、まだ出雲には行ったことないんです。一度行ってみたいと思ってはいるんですが、なかなか機会がなくて」
 進木は、また、自分のデスクに戻り資料の整理を始めた。
 「とてもいいところだよ。神々の集う聖地だからね。そう、だったら、いつか一緒に行こうか。出雲の歴史の紹介もしながら観光案内するよ」
 「それいいですね。初めて行っても、どこを見学したら良いのかも分からないし・・・。でも、社長と二人で行くんですか? それって、ちょっと危険じゃないですか。ええ〜、やっぱり、私、だめかも〜」
 「おいおい、何を一人で言ってるんだ。誰も君と二人だけで行こうなどと言ってないよ。そういう機会ができればいいなあと言っているだけだよ。それより、頼んでいた明日の資料の準備を頼むよ」
 「・・・でも、社長が、どうしてもって言うのなら。・・・いえ、だめよ、やっぱりだめです〜」
 「雪絵ちゃんってば、お〜い」
 「・・・あっ、はい。何か」
 「何かじゃないよ。明日、二人で熱海へ行く予定だが、準備はできているのかい」
 「はい、資料は、すべて揃っています。えっ、二人って、私も行くんですか」
 「そうだよ。神奈川ブライダル・セントパレスの完成に伴い、オーナーの所へその報告に行くんだよ」

 「熱海の何処ですか?」
 「温泉街を見下ろす高台のあたりだ。でも、日帰りだからね」
 「えっ、誰も『仕事の後に温泉に泊まりたいなあ』なんて言ってませんよ」
 「・・・、まあ、いい。じゃあ、明日午後2時に伺うことになっているからよろしく」
 「分かりました」
 福山には、進木のイメージから、彼女が『剣道の達人』にはどうしても結びつかなかった。
 そして、次の日、二人は、熱海駅で降り、タクシーでオーナーの家へと向かった。
 「資料は、それぞれ2通あるね?」
 「はい。まちがいありません」
 福山の言葉に、進木は、手元に持ってきた資料の袋を確かめた。
 「でも、社長、私、担当者の方とは何度かお会いしていますが、オーナーさんのことはよく知らないんですけど、大丈夫でしょうか。お名前も聞いてませんし・・・」
 「ああ、心配しなくてもいいよ。社長だけでなく、担当者も連れて来たということが大事なんだ。君は、ポイントを押えて、手短に資料の概略を説明してくれたらいいよ。細かい所まで知ろうという気はないからね。言ってみれば、最後のセレモニーのようなものだよ」
 「そうなんですか。でも、ちょっと、緊張しますね」
 「そうだ。1つだけ、忘れてはいけないことがあるんだ」

 「えっ、何でしょうか」
 緊張気味の進木は、その言葉にドキッとした。
 「そのオーナーのことは、総理と呼ぶんだよ」
 「『そうり』って、総理大臣の総理ですか?」
 「ああ、その総理。そう呼ばないと返事をしてくれないからね」
 「ええ〜、変わった人なんですね」
 「確かに、普通の人じゃないかもしれないね。うっかり間違えたら、アイムソウリって事になってしまうよ」
 「あはっ、って社長・・・」
 笑ってはみたが、緊張気味の進木には、親父ギャグにしか聞こえなかった。
 「さあ、着いたよ。ここだ」
 山の中腹に大きな構えの邸宅が建っていた。
 「大きなお家ですね」
 「そうだね。元は、どこかの財閥の別荘だったのを、手に入れたそうだ」
 「財閥ですか〜。オーナーさんって、どんな人なのかしら」
 「あれっ、さっき、表札を見なかったのかい」
 「緊張していたもので。門も大きかったし、表札もどこにあるのか良く分かりませんでした」
 門から玄関口まで、綺麗に手入れのされた庭園が見えていた。
 「みごとな庭だろう」
 「私、こんなの初めて見ます」
 家の背後に見える山の斜面も、庭の一部のように考えられた設計になっているようだった。
 都内では、ちょっと考えられない構えだ。
 二人が玄関に入ると、そこには、また大きな置物があり、進木が驚いていた。
 奥の部屋へ案内されると、その部屋からは、池のある庭が見渡せた。
 そこは、まるで、京都のお寺か超豪華旅館の一室かのような佇まいだった。
 そして、一人の男性がこれまた豪華なソファーに腰掛けていた。
 「お待ちしてました、福山さん。こんな遠方までおいでいただき恐縮です。こちらは、確か・・・」
 「はい、進木です。オープンセレモニーの時は、大変お世話様になりました」
 伊藤総支配人が、立ち上がり、3人は挨拶を交わした。

 「すぐに総理も見えますので、少々お待ちください。どうぞ、おかけになってください」
 二人は、勧められてソファーに腰掛けた。
 「ようやく完成に至って本当に喜んでいます。これも福山さんのアドバイスのおかげです。ありがとうございました」
 「とてもいい感じに出来上がって僕も嬉しいです。レストランの雰囲気もすばらしいです。メニューも豊富ですし、後は、きめ細かいサービスと、適時企画を組んで効果的な宣伝をすることですね」

 「そうなんですが、まだオープンしたばかりなので、今後どう展開していくか、またご相談に乗っていただけるとありがたいのですが・・・」
 「そうですね。こちらこそよろしくお願いします。利用される方々は、最近はインターネットであちこち調べて比較します。ですから、利用者の目を引くことを絶えず考えなければ、すぐに飽きられたり忘れられたりしてしまいます。いいものができたのですから、十分受け入れられることに間違いはありません。頑張りましょう」
 そんな話をしていると、割と背の高い和服姿の老人がやってきた。
 「やあ、福山君、この度は世話になったね」
 「あっ、総理。とてもすばらしいホテルが出来て良かったですね。今も、総支配人と今後の展開をどうするか話していたところです」
 その老人は、福山の前のソファーに腰掛けた。
 進木は、見覚えのある顔だと思って見ていたが、その顔と声ですぐに思い出した。
 『総理って、本当に総理大臣じゃないの』
 進木は、あまりに驚いて、足が震えてきそうだった。
 そこにいるのは、子どもの頃にテレビで見たことのある大志野元総理だった。
 「総理、今日は、担当者の進木を連れてきました。よろしくお願いします」
 「進木雪絵と申します。よろしくお願いします。この度は、本当におめでとうございます」
 進木は、立ち上がって挨拶をした。
 「雪絵さんか、いろいろお世話になったね」
 大志野は、名刺を見ながら話している。
 「実は、このブライダルホテルの建設に思い至ったのも、孫娘の結婚を控えていて、どうせならその子の結婚式に使えるようにと考えてのことだったんだよ。挙式が来年の春の予定だから、ちょうど間に合って良かった」
 自分の孫娘の結婚式に、結婚式場を建ててしまうのだから、考えることが違う。進木は、驚くばかりであった。
 「わしは、もう外へ出かけることは殆どないが、体調が良ければ、その結婚式には出てみようかと思っているんだ。身内の連中は迷惑がるかもしれんがな」
 「そんなことはありませんよ。みなさんお喜びになることでしょう」
 伊藤総支配人が横でフォローしていた。
 「ふん、うまいことを言って。福山君、俺は、ずっと、この伊藤に見張られているようなものだ。好き勝手なことをしているようにも見えるだろうが、所詮は籠の鳥だよ」
 「何をおっしゃいますか。そんなことあるわけがないですよ」

 「まあ、籠と言っても、ずいぶん豪華な籠だがな。はっ、はっ、はっ」
 大志野元総理は、大きな笑い声をあげていた。
 「総理、では、このたびの神奈川ブライダル・セントパレスホテルオープンに関わる報告を進木の方からさせていただきます。じゃあ、資料を」
 福山に促され、進木は、大志野と伊藤の前に資料を差し出した。
 「改めまして、このたびの完成を心よりお喜び申し上げます。では、私の方から、ご報告させていただきます。総理、では、まずは、建設関係についてですが・・・」
 進木は、丁寧に報告をしていたが、案の定、大志野は、その資料に目を通しているように見えて、殆ど聞き流していた。
 福山は、庭を眺めながら、黒岩が手に入れたカセットテープのことを思い出していた。
 福山の頭の中には、様々な想定がめぐっていた。
 「・・・以上ですが、何かご質問はございますでしょうか」
 「ご苦労さんだったね」
 大志野は、手に持っていた資料をテーブルに置いた。
 「先ほども話していたのですが、今後の運営にも福山さんから随時アドバイスをいただきながらやっていこうかと考えていますが、よろしいでしょうか」
 伊藤総支配人が、大志野に尋ねていた。
 「君に任せているんだから、君の好きにすればいい」
 「ありがとうございます。では、今後とも福山さん、よろしくお願いします」

 「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」
 一同、話を終えてほっとした空気が流れた。
 福山が、背後にある大きな柱時計を見ると、間もなく3時になろうとしていた。
 「ところで、総理」
 「何かね」
 福山は、ちょっと気になることがあった。
 「そこにある柱時計は、かなり立派なものに見えますが、何か由緒ある時計なのでしょうか」

 「ほう。福山君は、なかなか目が利くようだね」
 「あの時計は、わしが総理大臣になった時に、駐日アメリカ大使が、記念にとわざわざドイツのヘルムレ社に特注であつらえさせたものだ。最高級のクルミ材で作られている。時計板には象牙や金銀ダイヤモンドで装飾が施されていて、おそらく、日本でここまで高級な時計はどこにもないだろう」
 そんな話をしていると、ちょうど時計の針が3時を指した。
 ボ〜ン。ボ〜ン。ボ〜ン。
 福山は、その音色を聞いて、自分の考えが正しかったことを確信すると同時に、どこかに外れて欲しかったという思いもかすかにあった。
 その音色は、判決を言い渡す裁判官の声のようにも聞こえた。
 だが、その判決は、福山自身が言い渡さなければならなかった。
 「はあ〜。時を知らせる音色も『すばらしい』の一言に尽きますね。では、今回のホテル完成を祝して、私も総理に記念品をお持ちしましょう」
 「ほう。福山君が、わしに記念品をくれるというのかね」
 「はい。この時計ほど豪華かどうか分かりませんが。それ以上に感動して頂ける物に間違いはありません」
 「そんなに良い物を私にくれるというのか。それは一体何だ?」
 「それは、お持ちした時のお楽しみということで」

 「それじゃあ、期待して待っているとしよう。私は、少し疲れたから休ませていただくよ。君たちは、もう少しゆっくりするといい」
 そう言い残して、大志野は、席を立った。
 「本当に素敵なお庭ですね」
 進木は、出されていたお茶を口にした。
 「総支配人は、総理が現職の頃からのご関係のようですが、長いお付き合いですよねえ」
 元新聞記者の福山は、大志野元総理にも伊藤総支配人にも会ったことがある。
 ただ、込み入った取材をしたことはないので、二人が自分を覚えていたとは思えない。
 「そうです。私は、総務省にいたのですが、大志野氏が総理になった時に秘書官として起用されました。それ以来ですから、随分とかわいがっていただいてます。ほとんど、総理付けの秘書みたいなものです」
 「総理は、あなたに見張られているなんて言ってましたよ」
 「総理もお口が悪い。こちらからすれば、総理に首輪を着けられた飼い犬みたいなものです。あっ、失礼。余計なことを話してしまいました。総理には内緒にしてください。では、私は、これで失礼します。まだホテルに用事を残してきているもので」
 「あ、私たちももう帰ります」
 「そうですか。もし私の車で良かったら、お送りしましょうか」
 「そうですか。では、駅までお願いします。帰りの切符も買っているもので」
 「分かりました」
 二人は、帰路についたが、福山の言っていた総理への贈り物って何だろうと進木は不思議に思った。
 それも、ドイツ製の特注の豪華な柱時計より感動する贈り物など福山がどのようにして手に入れるのか皆目検討もつかなかった。

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