オーシャン・ドリーム号の悲劇 船 ・・・20年目の夏
14.
 出雲で様々な予定をこなしていた福山は、出雲に戻った時には必ず立ち寄る中華料理店にやってきた。

 「お帰りなさい」
 「尚子さん、今日もまたお世話になります」
 その店は、『胡堂(ふーとん)飯店』と言って、若い夫婦が経営している。
 いつも明るい笑顔で迎えてくれる彼女は、出雲市観光協会が毎年行なっているサマーフェスティバルの企画にある、観光『雛レディ』コンテストで優勝したという経歴の持ち主でもある。
 その夫は、楊(やん)という苗字の中国人青年で、ミニコミ誌の『イケメン店長』という企画で紹介されたこともある。二人は、まさしく美男美女夫婦だ。
 お店には、3歳になる娘さんの写真も貼ってある。
 彼は、シンガーでもありカメラマンでもある。
 「福山さん、いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
 いつもにこやかなハンサム青年の楊も、奥から出てきた。
 「ちょっと早い忘年会だけど。今日もよろしくお願いします」
 福山が出雲でよく顔を合わせる商工会や歴史研究会、ホテル関係者等々の知人・友人で15名ほどの参加予定だった。
 中には、北海道出身で、出雲で行なわれるコスプレ大会をきっかけに、出雲の地に住むようになった、初参加の新藤葉子という女性もいる。
 定刻の6時30分が近づき、ほとんどのメンバーが集まった。
 「今年1年皆さんにとっては、どんな年だったでしょうか。まだ1ヶ月ほどありますが、では、忘年会を始めましょうか」
 福山が挨拶をしていると、カランカランという音とともに、誰かが入ってきた。
 「ごめん、ごめん。ちょっと遅れちゃったかな」
 入ってきたのは、森川由紀だった。
 彼女は、山陰日報社の記者で、以前は、お隣鳥取県の倉吉支局にいたが、今は、出雲支局に配属になっている。元々、出雲市の出身で、福山の実家の近くに住んでいて、彼女も、以前、観光『雛レディ』コンテストで優勝している。
 「由紀ちゃん、今、みんなで話していたんだけど、今日遅刻した人は、罰としてビールをジョッキで一気飲みをしてもらうことになったんだ。さあ、これ飲んでもらおうか」
 福山が、乾杯のために置いていたビールを森川に手渡した。
 「ええ〜。私、そんなに飲めないわ〜」
 「冗談だよ、冗談。さあ、今から乾杯だから、ここに座って」
 「もう、福山さんったらあ〜」
 森川由紀は、ちょっと困惑したような顔をしながら、空いていた福山の隣の席に座った。
 「では、みなさんが揃ったところで、乾杯!」
 『胡堂飯店』自慢の、羊肉のしゃぶしゃぶ鍋を、賑やかに食べ始めた。香味野菜がたくさん入っていて、特製の『たれ』もとてもおいしく、大好評だった。
 福山が、斜め向かいを見ると、北海道出身という新藤が、ウーロン茶を飲んでいた。
 「新藤さんは、今日は、飲めないんですか?」
 「いえ、私は、お酒は、一滴も飲めないんですよ。好きとか嫌いとかじゃなく、お酒アレルギーなんです」
 「それは、大変ですねえ」
 「まあ、特にそれで困ったことはないんですけどね」
 「いやあ、むしろ、その方がいいのかもしれませんよ」
 福山は、新藤が北海道出身だということで、聞いてみたいことがあった。
 「私は、北海道に関わることにいくつか疑問を持っていて、ちょうど、新藤さんが、北海道出身ということなので、ちょっとお聞きしてもいいですか」
 「いいですよ。私で分かることなら」
 「まずは、言葉ですが、イントネーションとかは、東北訛りに近いのでしょうか」
 「いえ、北海道に住む人たちは、本州の各地から開拓とかで移住して来ているので、ほとんどの人は標準語で話しています」
 「なるほどねえ。云ってみれば、各地から人が集まる東京みたいなものですかね」
 「そうかもしれませんね」
 「でも、冬の時期は、出雲も寒いですが、北海道の寒さは、半端じゃないでしょう。積雪もすごくて大変だろうなあっていつも思うんですよ」
 「確かに、外は寒いですが、家の中は暖房が行き届いてますから、生活する上では、そんなに言うほど大変ではないですよ。灯油とかも配られてきますし」
 「そうか。じゃあ、冬になると、部屋の中に隙間風が吹く、出雲の私の実家の方が、むしろ寒いかもね」
 福山は、ちょっと冗談っぽく言った。
 「でも、北京は、もっと寒いように思うけど、どうですか」
 福山は、北京育ちの楊にも話を振った。
 「北京の冬は、確かに寒いですが、雪は殆ど降りませんし、新藤さんの言うように、室内は暖かくしてますから、雨や雪の多い冬の山陰の方が大変かな。緯度で云えば、北海道より南で、秋田あたりに相当します」
 「あ、そうなんだ。北京より北海道の方が北に位置するんだ。北京の方が北にあるイメージだったよ。では、北海道や北京よりも山陰の冬の方が、大変なのかな」
 「さあ、どちらが、どうなのか一概に比較は難しいですけどね」
 楊は、鍋に羊肉を入れながら話していた。
 「新藤さん、もう1つお聞きしたいのは、わが国の歴史では、多民族性が消されてしまっていて、まるで単一民族かのように言われています。そんな中で、唯一北海道の『アイヌ民族』が、わが国では異民族として残されています。やはり、その人たちの言葉は、そのイントネーションも含めて、日本語とかなり異なりますか?」
 「私の友達にもアイヌの人はいました。私たちと話す時は、普通に標準語を話しますが、アイヌの人同士では、アイヌ語を話しています。その言葉は、全然分かりません。ですから、そこは全くの異国のようでもあります」

 「なるほどね。よく、アイヌの人たちは本州に住んでいたんだが、次第に北に追いやられて今のように北海道に住むようになったとも云われることがありますが、そのあたりはどうでしょう」
 「そこまでの判断は私には難しいですが、顔の掘りが深くて、南方系ではないですね。言葉も含めて、本州からやって来たというより、北から南下してきたんじゃないでしょうか。北海道では、そう理解している人の方が多いと思います」
 「私も、そのように思っていたので、納得できます。この列島には、100余国があったという記録が残っているように、各地に、異なる言語を話す民族がそれぞれ住み分けていたのだと私は理解しています。それを、むりやり標準語で統一させることで、貴重な多民族性の証である方言が消されていってます。ハワイの人々も、アメリカに吸収されたことで、英語しか話せないようになってしまっているとも聞きます。ですから、むしろ、アイヌの人々が、しっかりとその民族性を引き継いでおられることは、本当にすばらしいことだと思います」
 「でも、日本語ってそのルーツがよく分かってないそうですね」
 「日本語のルーツですか。そうですねえ。でも、かなり有力な説はありますよ」
 「それは、どういった?」
 福山は、以前、言語について聞いた話を新藤に話した。
 比較言語学上で、日本語は、アルタイ語族に入る。そこには、テュルク系、モンゴル系、ツングース系に加えて、朝鮮語や日本語が含まれている。その一番の特徴は、主語+目的語+述語という語順にある。英語や中国語など多くの言語は、主語+述語+目的語という語順をとる。言葉は、人の流れと共に動くから、中央アジア、トルコのあたりから東に向けて人の動きがあったことをそこに残している。トルコ語では、日本語と同じように、目的語の後に「〜を」の「を」に相当する「う」が付き、また、所在の「〜で」も、トルコ語では「で」が付く。あるいは、過去形は「〜た」と、動詞の後ろに過去形を意味する文字が付くが、それも同様だ。それぞれの単語表現は異なるが、語形は、ほとんど同じである。つまり、日本語のルーツは、トルコ語にあると言える。それは同時に、日本人や日本語のルーツは、中央アジアにあるということになる。
 「私たちの祖先は、中央アジアからやってきていたんですね」
 「さらに、染色体の研究から、そのルーツは、中東から北アフリカにまで至るとも言われています。つまり、人類の発生した場所が北アフリカで、そこまで遡ることができるそうですよ」
 「人類誕生まで行ってしまいましたか」
 「すみませんねえ。長々とおしゃべりをしてしまいました」
 新藤が興味を持って聞いてくれるので、思わず話し込んでしまった。
 「いえ、とても、興味深い話をありがとうございました」
 その後は、また、みんなとそれぞれ会話が盛り上がり、夜も更けていった。
 楽しい時間は、短く感じるもので、お開きの時間が来た。  
                                                    

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